歴史が必要とする女子高生?
私は夢を見た。
いや、元の世界に戻りたいと言う気持ちが見させた幻?
白いベッドの上に横たわっているのは、まぎれもなくあの日の服装の私。
ご丁寧にマフラーも首に巻いたまま。
寝かされていても、はっきりと分かる胸のふくらみ。私の元の体。
それをふわりふわりと浮かびながら、見下ろす私。
は! もしかして、私は死んでしまったの?
ここは病院?
そう思って、周りを見てみると、病院ではなさそう。
私の体の近くには数人の人がいる。
まずは若い女の子が二人。
一人はかなり背が低く、ランドセルをしょっていれば小学生と言ってもいいくらい。
あと男の人が二人。一人は若く、もう一人は年配だ。
みんなお医者さんと言うような服装でもない。
どちらかと言えば、何かの電子装置に向かっている姿は技術者っぽい。
何でもいい。体に返るぞ! そう思って、ベッドに横たわる自分の体に向かおうとするが、全く近づけない。
ぷかぷか浮かんだ状態で、動くことができないのか、何か目に見えない壁があるのか?
いや、何か背中から引っ張られている気配がする。
「どう言う事だ、有栖川。
この子は戻って来ないぞ」
さっきまで音の無い空間に浮かんでいた気がするけど、今は人の声が聞こえてきた。
そう言ったのは若い男の子。
「時間軸が遠すぎて、計算誤差が大きいのかな?
それとも、もっとエネルギーがいるのかなあ?」
電子装置に向かっている小柄な女の子が答えた。きっと、この子の名前が有栖川なんだろう。
「エネルギーもっと上げられるか?」
年配の男の人が言った。
この人たちが何をしているのかはよく分からなかったけど、最初の言葉から言って、もしかして私を呼び戻そうとしてくれているのかも。
そう思うと、「頑張って!」と言う気分になって、手を合わせて、この人たちに祈ってしまう。
そんな私の期待を打ち壊す声が聞こえてきた。
「小早川さん、これ以上エネルギーを流すと、システムがもたないと思うんだけど」
小早川と言うのが、さっきの年配の人なんだろう。
「そんな事言わないでぇ~」
私は叫んでみたけど、この場の人たちには聞こえていないらしい。
「佳織、ターゲットの捕捉は間違っていなかったんだろうな?」
「私を信じていないってわけ?」
もう一人の女の子は佳織と言うらしい。
あと分からないのは若い男の子だけ。まあ、そんな事は私にとってはどうでもいいと言えば、どうでもいいのだけど。
「島原君、以前に言ってたよね」
そう言った有栖川と言う子が向けている視線から言って、名前の分からなかった若い男の子が島原と言うらしい。
「未来を変えるのはそう簡単じゃないって」
「だからなに?
これは未来じゃなく、過去に行ってしまった子を戻そうとしているだけだけど」
「伸君って、あったま悪ぅぅ」
「何だよ、佳織」
「有栖川さんが言おうとしているのは、これが本来の時間の流れなんじゃないかって事」
はい? どう言う事ですか?
ぷかぷか浮いているからだの中、頭の中はその言葉にくらくらしてしまった。
「つまり、歴史はこの子を必要としていると言う事か?」
小早川と言う人が言った。
「何、言ってるんですかぁ。私のようなただの女子高生がどうして、歴史から必要とされるんですかぁ」
思いっきり、そう叫んでみた。
けど、誰にも聞こえていない。私も、その言葉は脳の中に文章として浮かんではいても、耳から聞こえてきてなんかいない気がする。
きっと、この空間の空気を振動させる力は、今の私には無いんだ。
「この子が今いるのは戦国時代。
そこから、今につながる時の流れは戦国時代から見てみれば、未来なんだよ。
そして、今起きていること自体が、元々時の流れに組み込まれていた可能性がある」
「小早川さん、マジで言っているんですか?」
島原伸くんは信じていなさそう。
私も、この子に一票。だから、早く私を私の体に戻してぇ!
「ああ。マジだ。
この子はあの時代で何かをしなければならないのかも知れない。
だから、今も時の流れが、この子をあの時代に引き戻そうとしているんだ。
そもそもだ。あの検証用に作った“リセットスイッチ”は、一日しか戻せないはずだった。
いくら、機械的な衝撃が加わっていたとは言え、こんな現象が起きるはずがない。
“リセットスイッチ”は単なるトリガーであって、この子を戦国時代にまで連れて行ったのは時の流れなんじゃないだろうか?」
意味不明! 何言ってるんですか。そう思うと、また頭がくらくらした。
「私が何をするって言うんですか!
そんなしょうもない事言っている暇があったら、早くその体に戻してよぅぅ」
私が声にならない叫び声をあげた時、私の望みを絶つ言葉を佳織って子が言った。
「小早川さん、流し込んだエネルギー量に耐えきれずシステムがダウンします。
絶対定格値を超えていたので、どこかが破壊したようです」
言葉が終わるか終わらないかの時、私の視界の光景は渦を巻きながら、明るさを失って行った。
「ねね、大丈夫か?」
目を開けると、心配そうな男の人の顔。
たぶん、ねねの父親。
まだ少しぼぉっとした頭で、今の状況を分析し始めた。
どうやら、この人の家、おそらくねねの家で、布団に寝かされている。
道端で倒れた私を運んできて、寝かせてくれたに違いない。
誰が運んでくれたの?
信長様? んな訳ないよね。
もしかして、サル?
また、気が遠くになりそう。
私は少し息を荒げながら、目を閉じた。
「ねね、大丈夫?」
今度は年配の女の人の声。きっと、ねねの母親。
私は目の前の現実に耐えきれず、今の世界を全て消し去ろうと、布団を頭からかぶった。
「に、に、臭う!」
布団の中で、私は息を止めた。
この臭いに耐えるのと、現実の世界を目にするのと、どっちがいい?
頭の中の冷静な私が、私に問いかけた。
答えを出す前に、酸素切れ。
「ぷはぁー」
布団を思いっきりめくり、息をした。
思いっきりめくったのは、この臭いを遠ざけたかったから。
ついでに、上半身も起こして、大きく息をした。
私の体の臭いが、胸いっぱいに入ってきた。
「ねぇ。お風呂は?」
そう。まずは体をきれいにしたい。
「なんだ?」
ねねの両親はきょとんとしている。
ガス風呂なんて、ある訳がない。
時代劇のお風呂のシーンを思い浮かべてみる。
何でも、月曜8時の定番時代劇には、くノ一役の有名女優の入浴シーンがあったとか。
いや、あれは平和な江戸時代。
ここはもっと前の世界。
大きな木の樽の中で入っているイメージが浮かび上がってきた!
「そう。五右衛門風呂よ。五右衛門風呂」
そう言った後で気付いた。
五右衛門風呂の五右衛門って、石川五右衛門? て、言う事は、この名前は今より後じゃん。
「もとい!だからさぁ。下から薪で火を起こして、人が入れる大きさの釜に入れた水を湯にするのよ。やけどしないように、下には木でできた蓋みたいなものを置いて、人が入るのよ」
両親は顔を見合わせたかと思うと、私の額に手をあてた。
「頭を打ったんか? 熱でもあるんか?」
「いや、私、大丈夫だし。いや、大丈夫じゃないけど、そう言う面では大丈夫」
何言ってんだか、分からなくなってきたけど、額にあてられた手を振り払って、立ち上がった。
「体をきれいにしたいのよ!」
「五日前に、体は拭ってやったじゃないか」
五日前? その言葉に、ちょっとくらくらしそうな私。
あの箱を踏んづけた時のよう。
そして、元の世界に戻れたら。なんて、考えてみても、目の前の世界は変わらない。
何日も体を洗っていないから、臭うんじゃない。
体は毎日洗うのよ。お風呂に入るものよ。
「と、と、ともかく、体をきれいにしたいの!」
私は譲らないぞ! そんな口調で訴えた。
「じゃあ、用意するわね」
母親がそう言って、立ち上がった。
きれいにしてくれる。
それはうれしいけど、どうやって?
拭う? 私の頭はようやくその分析に入った。
タオルで体を拭う?
タオルは無いけど、そんな感じの事?
ボディソープは? 無いよね。
そう思っていると、母親が木でできた小さな桶を持ってきたかと思うと、縁側から私を手招きした。
つられるように、縁側に向かうと、母親は私の帯に手をかけた。
は? 人前で突然脱がされるの?
もしかして、私は今からお約束の「あれぇー。お代官様、ごむたいな」と言いながら、くるくると回る役をさせられるの?
なんて、訳の分からない事を考えている内に、帯を解かれてしまった。
私がつけていた帯は長くもなく、回される事もなく、するりとほどけて足元に落ちた。
よかったぁ。くるくる回されずに済んだ安堵感に包まれた。
でも、固定していた帯が無くなった事で、私が着ていた服は、はらりとはだけて、私の体の真ん中あたりを人目にさらけ出した。
「きゃっ」
そんな声を上げながら、右手で胸を左手であそこを押えて隠した。
あれ? 胸の大事な部分は服に隠されているから、押えなくてもいいか?
手から伝わる感触で、私はその事に気づき、右手もあそこを押えて隠すのに回した。
「何をしとるんかね」
母親はそう言って、両手で私の肩の辺りの服を掴んだかと思うと、思いっきりひっぺがした。
右手で胸のあたりで服を押えていれば、こうも簡単にひっぺがされなかったはず。そう思っても後悔先に立たず。
「恥ずかしい」
そう言って、しゃがみ込んだ。
「何を言っているの。母である私に何が恥ずかしいの」
うーん。ある意味ごもっともなご意見。
でも、私はあなたの子じゃないし。
いや、待って。この体は私のじゃない。本物の「ねね」の体。
「じゃあ、見られても平気じゃん!」 と、頭の中の別の私が言う。
「でも、今は私が使ってんだから、私が見られるのと一緒じゃん!」 もう一人の私が反論する。
「待って、とっても重要な事を忘れてる。
本物のねねはどこに行ったの?」冷静な私が問いかけた。
「よくあるじゃん。入れ替わりものの話。あれって、ぶつかったりしてなるんだよ」
「そっかぁ。じゃあ、あの小さな箱がねねだったんだぁ」
「んな訳ないでしょ」冷静な私が締めくくったところで、気が付いた。
私は今の体の顔を見たことがない。
本物の「ねね」がどうなっているかなんて、考えても仕方がない。今は、この体の容姿が気になる。
顔は大事よ。
胸もだけど。
いえ、頭はもっと大事。
性格も大事でしょ?
いやいや、男の子にはやっぱ容姿よ。
一瞬の内に頭の中で駆け巡る議論。
こんな時にも、こんな話題で一人で議論できる私って何?
私は顔を上げて、あたりを見渡した。
ドレッサーはどこ? なんて期待しちゃいない。
この時代にも鏡はあったはず。それって、どんな形?
私の知識の中をまさぐってみた。
ひな人形のひな壇の最前列。ふたが付いていて、手で持つ柄がある丸い鏡が思い浮かんだ。
きっと、あんな感じ!
私は部屋の中を探そうと、立ち上がりきょろきょろと見渡してみた。
見当たらない。
きょろきょろとしている私に、母親が言った。
「ねね、どうしたの?」
「母上、鏡は?」
私だって、「母上」くらい使えちゃう。
母親は部屋の片隅からそれを持ってきた。サイズ的に手鏡と言うものだ。
まあ、それでもいい。
受け取ると、私は今の自分の顔を見た。
丸い感じの顔立ち。
でも、目の大きさははっきりとその存在を主張できるくらいぱっちりとしていて、二重に長いまつ毛までしている。
鼻筋も通っていて、元の自分とは違うタイプだけど、かわいい部類に入るのは確か。
ちょっと安心。
いや、そんな場合じゃないだろ! と、右手の甲を胸の辺りをぺしっと叩いたイメージで、一人突っ込みする私。
それは分かっているんだけどね。生理的に受け付けない顔だったら嫌じゃん。でも、そうでなくて、よかったぁ。
そんな思いを抱きながら、手でほっぺ辺りを触ってみた。
このぷにぷに感。丸い顔立ちと言うのもありそうだが、それ以上に幼い子のぷにぷにとした感触。
一体、いくつなんだろう?
そう思った時、手鏡に自分の体が映った。
は、は、は、裸ぁぁぁ。
すっかり忘れてた。私はさっき服を引っぺがされたんだった。
下着なんてものはつけていない。すっぽんぽん。
ひぃぃぃぃ。
そんな思いで立ったまま固まっている私を、母親が布でごしごしと拭い始めた。
垢がぽろぽろと落ちて行く。ああ、気持ちいい。これできれいになるなら、身を任せちゃいます。
昨日、お気に入り入れてくださった方、ありがとうございます。
基本、週一ペースと言っておきながら、また更新しちゃいました。
今回出てきた技術者風のメンバーは、あの「人生リセットスイッチ」を作るのに関わった人たちです。
開発物語は「人生リセットスイッチ・ゼロ」で描いています。
もしよかったら、こちらもお願いします。