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折檻!

 京極家の娘にうつつをぬかすサルは、私が呼び出してもやって来なくなった。

 させない女と、させる名家の女。

 サルがどちらに入り浸るかは決まっている。


 なら、私から押しかけて行ってやろうとしても、居場所が分からない。

 サルはどこにいるかと半兵衛に聞いても、小六に聞いても、弟の小一郎に聞いても、知らないと言う。

 もちろん、口止めされているだけで、知らない訳がない。


 これはまずい。

 何しろ、勝手させていると「木上」なんて姓を付けようとするくらいなんだから、サルは私がコントロールしなきゃ、歴史から外れてしまう可能性大。


 サルを再び私のコントロール下におくためのアイデアが無い訳じゃない。

 そのアイデアはうつけの殿にちくって、サルを叱ってもらうと言うもの。

 それは実際にねねが、長浜城に移った頃に行っている。


 ちょうど、私は長浜城に移ってきたばかり。

 時期的には今なんだろうけど、それを実行する事を決断できない私。

「そんな事言っている間に、サルが歴史を狂わしちゃうかも知んないんだよ」と、冷静な私が私を急かす。


 決断できていない理由は簡単。

 これまでは私はストーリーを描く側であって、実際に歴史通りの行動を取るのはうつけの殿であり、サルだった。

 歴史の中の役者は私じゃなかった。


「でも、サルの嫁になっちゃったのは役者なんじゃないの?」と、言う私もいるけど、そんな事は聞かないふり。

 だって、私がねねである以上、それは仕方ない事だし。


 今度、私がサルの女癖を信長様にちくれば、私が歴史の中の役者になってしまう。

 マジで私は歴史の中に組み込まれているって、認めざるを得ない。

「まだ認めてなかったんかい!」と、頭の中に現れた別の私が言った。

 何度も言うけど、それは嫌なんだもん!

 頭の中で、口を尖らせてみる。


 いくら時間をかけても出させない結論。

 そんな私の背中を押すでき事があった。

 長浜に造った新しい城に移って、数日の時だった。



「姉上!」


 そう言って、けたたましい足音をたててやって来たのは、サルの弟の羽柴小一郎秀長である。

 何だか慌ただしい感じだけど、それはこの人の特徴。

 きっと気忙しい性格に違いない。


 外見はサルと違って、背は高く、長方形に近い顔に輪郭はサルには似ていない。

 しかも、うつけでなく、そこそこ頭も切れて、品もある。


 開け放した真新しい障子の向こうにその小一郎が現れた。



「何ごとですか?」


 きれいな着物に身を包み、新しい畳の臭い立ち込める空間で、崩していた足を座り直し、正座して言った。


 そうずっとこの世界で暮らしていても、元の世界で椅子生活に慣れていた私の感覚から言って、正座は極力避けて暮らしてきた。


 なので、今でも正座は得意じゃない!

 誰もいないところでは、足は崩している。

「そんな事、威張り気味に言うなよ!」と頭の中で別の私が言うけど、無視、無視、無視。



「姉上。お願いの儀がございます」

「なんでしょうか?」

「兄上より、上様への新城入場のご報告の名代を姉上にお願いしてまいれとの事でございます」

「私に岐阜へ行けと言う事ですね」

「左様でございます」

「ふぅぅぅ」



 まずは私が岐阜に行く事だけは歴史通りになっちゃった。

 このまま、私は歴史の役者にもならなきゃいけないの? そんな思いが大きなため息をつかせた。



「どうされました?」


 私のため息に、小一郎が心配そうな顔で言った。

 私が岐阜に行きたくないんだと感じたんだろう。



「別になんでもありません。

 上様にごあいさつにうかがわさせていただきます。

 その間、秀吉殿に勝手な振る舞いはさせないようにお願いしますよ」


 釘を刺しておくことは忘れちゃいない。

「糠に釘かもよぅ」なんて声が頭の中に聞こたけど、だったら、どうししろってのよ! と言う事しかできない。


「承知いたしました。

 岐阜へ持参いたします献上品など、支度の方はこちらでやらせていただきますので。

 では、よろしくお願いいたします」


 小一郎がそう言って、頭を下げた。




 結局、行くことになった岐阜。

 蒼天の下、長浜城から岐阜に向かう行列の多くは献上品の荷駄の列。

 私が言うのも何だけど見事なほどの献上品の多さだった。

 サルは女と言うものには、異常な執着を示すけど、金品には執着しないらしい。


 こんなに多くの物をうつけの殿にあげても、何とかに小判なんじゃないの?

 と、思わない訳じゃないけど、それはサルが持っていても同じ。

 お金も、物も世の中に回して初めて、世の中はよくなるってもの。


 うつけの殿なら、「褒美じゃ」とか何とか言って、家臣の人たちに渡すだろう。

 家臣の数はサルとうつけの殿では大違い。

 それだけ、うつけの殿に渡した方がいいに違いない。


 そんな行列を引きつれて岐阜城にやって来た次の日、私はうつけの殿が現れるのを待っていた。


 当然、足を崩して待ってたりするわけにもいかず、正座して待つ私。

 なかなか、うつけの殿がやって来ない。


 一体どんだけ待たせるのよっ!

 そんな思いで、気分は少しいらいら。足はびりびり。

 時計が無いから、どれだけ待たされているのかも分からない。


 せめて立ち上がって、うろうろして足のしびれをとりたい。

 うーん。限界!

 こらえきれず、立ち上がる事を決めた。

 立ち上がろうとした瞬間、痺れが限界を超えていて、よろめいてしまった。


 物事って、タイミング悪って事が多過ぎ。

 そんなタイミングで、うつけの殿が現れた。


 よろけて、つんのめり、無様にも四つん這いになっている私を見て、うつけの殿は目を点にしている。


 中途半端に我慢しすぎた。

 もっと早く立つか、我慢し続けていればよかった。



「ねね。どうしたのじゃ」

「は、は、ははは」


 真っ赤な顔で笑ってごまかすしかない。



「わしの馬になりに来たのか?

 わしは人の背に乗って喜ぶような子供ではないぞ」


 中味は子供のくせに! そんな気がしない訳じゃないけど、こんな格好ではぷんぷん気分にも、恥ずかしすぎてなれやしない。



「馬としてではなく、女子おなごの上に乗るのは好きじゃがな。

 とは言え、ねねの上に乗る訳にもいかんからなぁ。

 その上はサルのものであろうからな」


 そう言って、大笑いを始めた。

 その言葉はちょっとムッとさせた。



「私の上に、サッ……」


 そこまで言って、言葉を止めた。

 サルを乗せているなんて思われるだけでも、私にとっては許せない事。

 侮辱された気までしてしまうけど、その妻である以上、当然な事。

 それにうつけの殿の前で、サルなんて言う訳にもいかない。



「私の上には乗せてはおりませぬ」


 体勢を立て直し、着物の裾を直し、正座しながら言った。



「そうか。

 ねねは気が強そうじゃからな。

 サルの上に乗って、締め上げておるのか」

「上にも乗ってませんっ!」


 うつけの殿の言葉のイメージに、真っ赤な顔で反論した。



「なに?

 サルを乗せもせず、上にも乗っていないと言うか?」


 うつけの殿は少し怪訝な表情をしたかと思うと、左の手のひらの上を、右の拳で“ポン!”と叩いて言った。



「であるか」


 うつけの殿が意味ありげな笑みを浮かべて言った。

 私と何かあると時々その言葉を、にやにやしながら言う。


 そもそも何が「であるか」なのかと思っていると、にやけた表情のまま言った。



「ねねも、妬いておるんじゃな」

「はい?」


 今度は私が目を点にして、うつけの殿を見つめた。



「聞いておるぞ。

 サルの奴、京極の娘をはじめ、女子おなごを漁っておるそうじゃのう。

 じゃから、妬いて、サルとはしておらんか」


 また、うつけの殿は大笑いした。

 勘違いしている。



「もしかして、これってサルの話をするチャンスなんじゃないの?」と、冷静な私が言うけど、賛同できない。


 理由は簡単。

 サルにやきもち妬いているなんて、芝居でも私にはできない。


「変なプライド捨てちゃった方がよくない?」と、冷静な私がしつこく言う。


 やだっ!


「じゃあ、どうするのよ?」と、聞かれても、私にどうと言う考えはない。

「それって、ちょっと無責任だよね」と、非難されても、嫌なものは嫌。

 そんな私の耳にうつけの殿の声がした。


「ねね。

 わしが思うに、ねねほどのよき女子おなごはそうはいまい。

 そんなねねを悲しませるサルなど、わしが折檻してやろう」


 うつけの殿はちょっと得意顔。

 私はちょっと戸惑い顔。


 だって、やっぱりいつものパターン。

 うつけの殿は私がトリガーさえ引けば、細かい事を言わなくても歴史通りの事をしちゃう。

 私とうつけの殿で、歴史が造られて行く。

今週もお気に入り、評価下さりありがとうございました。

今日も更新しちゃいます。

よろしくお願いします。

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