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わしはこんなとこ、来とうなかった!

 サルの手を投げ捨てると、サルは四つん這いになって、私に迫ってきた。

 怖っ!

 私もしゃがみこんだ体勢のまま、後ずさりでサルから逃げた。

 そんな私を追いながら、サルが情けない声で言った。


「だって、ねねは知らぬから、殿しんがりを務めろと簡単に言うが、死ぬやも知れんのじゃぞ」



 サルが弁解していたけど、私の頭の中はそれどころじゃなかった。


「私が言った事を聞かなくったって、歴史通りになるって事?」

「だったらさ、私はこの時代にいる必要なくない?」

「でもさ、うつけの殿、止めなければ、サルと二人で道三と会ってたわよ」

「だからね。私が不要な訳じゃないのよ。

 うつけの殿に浅井は朝倉につくって言ったのに、歴史通り、うつけの殿は私の言った事を聞かずに朝倉に攻め込んだ。

 サルも私が言った事を聞かずに殿しんがりを引き受けないつもりだった。なのに、歴史どおり、殿しんがりになっちゃった。

 つまり、私自身が全てなんじゃなくて、歴史の歯車の一つなんじゃないかな?」と、一番頭のきれそうなわたしが言った。


「なるほどぉ」と、みんなが納得顔。

 えぇぇぇぇっ! 私は歯車なの?



「ねねぇ。怒っておるのか?」



 混乱気味の頭の中が少し収束し始めたのか、サルの言葉が思考回路の中に届いてきた。



「あったりまえじゃん!」



 怒らないで、どうしろと言うのか!

 今までに無いほどのきっつい口調で、サルに言った。



「しかし、わしにもしもの事があったら、困るであろう?」

「いいっ!」



 人差し指だけを突き出した右腕をぴんと伸ばして、サルに向けた。



「あんたも武士もののふなんでしょ。

 戦場いくさばで、死ぬことを恐れてどうするって言うのよっ!」

「何を申すか。わしは元は百姓じゃ」

「あんたねぇ!

 今は信長様の家臣なんでしょっ!

 しっかりしなさいよっ!」

「わしはただ信長様の草履取りでよかったんじゃ。

 だと言うに、ねねが清州城の城壁の修理などさせるから、殿さまから取り立てられてしもうて、こんな事になってしもうたんじゃ。

わしはこんなとこ、来とうなかった!」

「あんたは加藤○史郎君か!」

「誰じゃ、それは」

「そんな事はどうでもいいのっ」



 どうやら、サルはサルのままでいたかったらしい。

 とは言え、サルにしてしまう訳にはいかない。

 私としては、て言うか、歴史としては、何が何でも豊臣秀吉になってもらわねば困る訳で。



「うーん」



 腕組みして、うなりながら、考えてみた。

 頭の中で私が左の手のひらの上を、右の拳で“ポン!”と叩いた。



「藤吉郎殿ぅ」



 さっきまでとは打って変わったちょっと甘い声で言った。

 サルが私をじっと見た。



「く・げ・の・む・す・め。欲しくないんですかぁ?」



 そう。

 この男のモチベーションを上げるのはこれよ、これ。

 異常なまでに、自分より上の女子おなごを手に入れる事への執着心。

 ここで、お市さまの娘なんて事は言わない。まずは、これよ、これ。

 私の作戦は見事に決まった! 


 サルの目がらんらんと輝き始めた。

 もしや、こいつやっぱ変質者? と思わないでもないくらい、輝いていやがる!!



「それはマジで?」



 サルも“マジ”が使えるようになった。

 それどころか、うつけの殿も使えたりするけど。

 言葉は短縮した方が使いやすいのよねぇ。それはおいておいて。

 私はサルの問いかけに、静かに頷いて見せる。



「信じていいんじゃな」

「だって、もうお前様は信長様の立派な家臣団のお一人ではありませんか」

「分かった。わし、頑張るから、ねね、支えてくれ」



 そう言ったかと思うと、私に抱き着こうとしてきた。

 それをひらりとかわし、冷たく言い放つ。



「物理的には支えて上げないけど、知恵の面で支えてあげるからねっ」

「ねねぇぇ」



 抱き着くことに失敗したサルの情けない声を聞いていると、どうしたら、これが豊臣秀吉になるのかと思ってしまう。

 なんだか道は遠そう。

 そう思わずにいられない私だった。



 それから、うつけの殿は態勢を立て直し、徳川殿の軍勢と共に浅井の近江に向かった。

 浅井は朝倉の援軍を受け、世に言う姉川の合戦が開かれた。

 浅井軍の猛攻により織田軍は本陣間近までに迫られるほど危機的な状況となったが、それを救ったのは徳川軍だった。


 横腹を徳川軍に突かれた朝倉軍は壊走を始め、最終的には姉川の合戦は織田・徳川連合軍の勝利に終わった。


 とは言え、浅井の小谷城は落ちた訳ではなく、うつけの殿は湖北の横山城にサルを残し京に戻って行った。


「サルに任しちゃって、いいの?」と、心配が無い訳じゃないけど、そこは大丈夫。


「お前様はあまり口出しせず、竹中殿にお任せ下されませ」と、念を押している。

 切れ者、竹中半兵衛さんがついているので、任せて安心! と言うもの。


「サルだよぅ。殿しんがりの時のように、裏切って勝手な事考えちゃうかもよぅ」と、私の頭の中で、別の私が言う。


 大丈夫よ。迷った時の呪文をサルに教えてるからね。

 その呪文は「く・げ・の・む・す・め」。

 この呪文を唱えれば、サルの迷いも無くなると言うもの。


「はぁぁぁぁぁぁぁ」

 自分でそう言っておきながら、サルはやっぱ変態だよぅと、憂鬱になって長ぁぁいため息をついた。

水曜7時の予約投稿です。

よろしくお願いします。

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