お市さまの決意
真剣な顔つき、しずしずと、とはこう言う雰囲気? と言う感じで、お市さまが優雅に近づいてきた。
私は軽く会釈で返した。
うつけの殿にも、平伏したりしない事を考えれば、これで十分。
「ねね。やはり、そちは面白い事を考えるものじゃ。
兄上を目が点と言う言葉で、たぶらかしたかと思えば、今度は天下と言う言葉を餌に天下を釣るか」
そう言うと、お市さまはにこりとした。
また、「目が点」言われちゃったよぅ。
しつこすぎ!
「一度植え付けられた人のイメージは、そう簡単には消えないのよ」と、冷静な私が評論家ぶって言った。
「でも、たぶらかしたって言うのは、ある意味正しいわね。
お市さま、全て分かってんじゃない?」冷静な私が続けた。
だったら、この人、マジで切れ者なんじゃないの?
そう思わざるを得ない。
だって、天下と言う言葉で人々を引きつけ、そして天下まで引き寄せる。
ある意味、お市さまの言ってるこれも正しい。
「まあ、そうなりますねぇ」
うつけ会話を引きずる私が、へらへら気味で返した。
お市さまはそんな私に表情を変えて、真剣な顔つきでたずねてきた。
「しかし、ねね。
京までには浅井もおれば、六角もおるが、これらがやすやすと通してくれるとは思えぬが」
「片方は味方にしたらいいんじゃないですかぁ」
また私がへらへら調子で答えた。
この話題をマジな雰囲気で話すのは、私には重すぎる。
その裏には、この会話を避けたいと言う気持ちがあった。
浅井長政とお市さまの結婚。その先を知っているだけに、お市さまと浅井の話なんかしたくはない。
「されば、六角か? 浅井を挟み撃ちにできようぞ」
でも、お市さまはこの話題から逃がしてくれなさそう。
仕方ないので、力無い声で答えた。
「浅井じゃないですかねぇ」
「ねねは知らぬのか? 織田と朝倉はずっと犬猿の仲。その朝倉と浅井は盟友関係にあるが」
そうだったんですかぁ。と、あほっぽく言う手もあった。
だと言うのに、しょうもない私のプライドが、その言葉を遮り、知っている事を話させる。
「知ってますよ。
それでも、浅井長政は大局を見る目がありますからねぇ。
話の持って行きようでは、話がつくんじゃないですかぁ」
言っちゃったよ。どうしよう?
心の奥底で、小心者の私が少し後悔した。
「お市さまに嫁げとは言ってないから、いいんじゃないの?」
「そもそも、二人が結婚するのが正しい歴史だしぃ」
「歴史狂わしたら、どうなっちゃうか分かんないんだよ」
また、私の頭の中が騒々しくなってきた。
「ねねが長政殿を知っておるとは驚きじゃ。
しかも、そのように長政殿をかっておるとはのう」
「は、は、ははは」
ここで、肯定してしまえば、さらにお市さまと長政の婚姻の後押しをしてしまいそうで、笑って誤魔化すしかできない。
大局見る目あっても、最後は父親に逆らえず、織田に反旗を翻しちゃう。
そして、その結果は。
そんな私の気も知らず、お市さまは言った。
「実は私もそう思うておったところじゃ。
話を聞くたびに、浅井長政殿はそのようなお方ではないかと思うておったところじゃ」
お市さまの言葉の意味。
何か歴史どおりの未来に、自ら飛び込もうとしている臭いがしてならない。
「どう言う意味ですか?」
お市さまの言葉の意味を確認してみた。
そして、お市さまの答えは、私の想像どおりだった。
「私が浅井家と織田家の架け橋となりましょう。その決心が今ついたわ。
織田家の天下。それには浅井が必要。
であろう?」
お市さまの決意。それに私はどう返せばいいと言うのよ。
私は言葉に詰まった。
頷けば、未来に悲劇が待っていると知っているのに、そのまま送り出してしまう。
でも、否と言って、私はどうするのか?
「何言ってるのよ。
この人が自分から選んだ道なんだから、いいじゃんかぁ」と、頭の中で、自分勝手な私が言う。
でも。
戸惑っている私に、冷静な私が言った。
「全てはこれが正しい歴史なんだよ。
まじ、私はこの世界に組み込まれていて、元の世界で習った歴史どおり進んで行くんだよ」
いやよ。いや、いや、いや。
何で、私がこの世界に組み込まれなきゃなんないのよ!
やっぱ、その事は現実として、受け入れたくない。
顔を横に激しく振って、髪を振り乱し、叫びたくなる。
「見た目は子供、頭脳は高校生なんでしょ。落ち着きなさいよ!」と、冷静な私が言う。
「もう、この世界では見た目も子供じゃないし」と、そこだけ冷めた気分で、一人突っ込んでみる。
「ねね。どう思うのじゃ?」
私に答えを督促するお市さまの声が届いた。
こんな私に何で、そんなに返事を求めるのか。
「私には分かりませんっ!
好きにされたらいいじゃないですか」
私はその言葉を残して、その場を駆け出して、いえ、正確には逃げ出した。
そして、うつけの殿は「天下布武」を唱え、沢彦禅師と語らい、地名を「岐阜」とした。
全く歴史通りで、地名の命名権は朝廷にあると言う慣例を破っての命名である。
そして、三好、松永の手にかかり亡くなった兄 足利義輝の正当な後継者は自分であると、仏門を抜け将軍として名乗りを上げていた義昭は近江の六角に続き、越前の朝倉を頼ったがここでも失望し、桶狭間の戦いで名をはせ、美濃を落したうつけの殿を頼ってきた。
うつけの殿は足利義昭を迎え入れ、お市さまを浅井長政に嫁がせた。いや、浅井にお市さまが嫁いだのは自らの考えのはず。
そして、長政自ら率いる浅井勢や元康改め徳川家康の三河の援軍を伴い上洛を果たした。
信じたくはないけど、私とうつけの殿が、いえ、この世界が絡み合って、歴史が造られている。
そう思わなければ、納得できない事が多すぎるような……。
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