天下布武
竹中半兵衛が稲葉山城から龍興を追い出す事に協力した西美濃三人衆、稲葉、氏家と安藤。
その立場は、半兵衛がさっさと稲葉山城を龍興に返してしまったため、微妙なものとなった。
もはや、尾張に寝返るしかない。
そう考えた稲葉、氏家、安藤はうつけの殿への内応を申し出た。
そして、稲葉山城は落ち、ついにうつけの殿が美濃を手に入れた。
そんなうつけの殿に呼ばれ、稲葉山の上に築かれている稲葉山城にやって来た。
一人、眼下に広がる光景に目を向けてみる。
広がる城下。
きらめく水面をたたえた長良川。
時折、聞こえてくる小鳥たちのさえずり。
優しげな風が、私の頬を撫でて行く。
「うわぁー」
稲葉山城から見下ろす景色には、感動の声を上げずにはいられない。
この世界で暮らし続けている事への日頃の不安も一気に消し去ってしまう気がした。
雄大な自然は、心を洗う力を持っている。
「いいなぁ」
思わずそんな声を出したところに、背後から声をかけられた。
「ねね。久しいのぅ」
振り返ると、うつけの殿が一人立っていた。
小姓って、いつも連れてるものじゃないの?
そう思って、少し呆けている私の気持ちを読んだのか、うつけの殿の口から出たのは、こんな言葉だった。
「わし一人じゃと、不思議か?」
「はっ! いいえ。そのような事はございませぬ」
「大事な話は二人っきりでしたいからのぅ」
大事な話。
二人っきり。
これが歴史通りのかっこいい信長様で、口説き文句だったらなぁと、ちょっと妄想してしまう私。
「でも、うつけだしぃ」と、冷静な私が頭の中で、妄想を一気に吹き飛ばす。
一人、頭の中で、がっくしとうなだれてみる。
自分だけに世界に入ってしまっている私に、うつけの殿が言葉を続けた。
「どうしたのじゃ?
大人しいのう」
大人しいとは、ちょっと失礼な気もするけど、一応相手は殿。
反論などせずに、殊勝な態度をとってみる。
「すみません。
ちょっと考え事を。
で、お呼びになられたのは、何の用でございましょうか?」
「ふむ。美濃を手に入れ、人が増えたはいいが、わしについて来るかどうか、怪しいでのう。
どうしたものかと思うてなぁ」
うつけの殿の表情は真剣半分、不安半分と言った感じ。
は、は、ははは。
ちょっと心の中で笑ってしまった。
そりゃあ、メッキが剥がれて、マジうつけと分かれば、ついてかないでしょ。
とは言え、そんな事言えない。
それどころか、この人のメッキが剥がれちゃ困るのよね。
新たにうつけの殿の配下となった美濃の人たちも、うつけの殿に命をかけてもらわにきゃいけないし。
さて、どうしたものか?
「って、言うか、勝家とか長秀とか、どう思ってんのよ?」と、ちょっと考え込みかけていた私に、冷静な私が頭の中で問うてきた。
でも、そんな答え、持ち合わせている訳もない。
桶狭間の合戦の大勝利で、一度はこのうつけの殿を見直したはずだけど、今もそのメッキが剥がれていないのかどうかなんて、私が知る由もない。
勝家とかの事は置いておいて、今大事なのは、どうやって人をうつけの殿に引きつけるか!
その答えはすぐに出た。
私のオリジナルと言うより、歴史からのパクリ。
いえ、ある意味、歴史どおり!
人をひき付けるのはやっぱ壮大で、魅力的なビジョン。
ここは一つ、大風呂敷よ!
「天下布武!」
そう言って、私は右手の人差し指で、大空を差した。
このフレーズに、このポーズ。決まった!
思わず、一人そう思い、悦に入る。
かっこいいでしょ!
と、にんまりとした顔つきで、振り返って、背後のうつけの殿を見た。
うつけの殿は大きく目を見開いて、驚いた表情をしている。
ふふふん!
と、自慢げな表情をうつけの殿に向けた。
「なぜ、その事を知っておる?」
うつけの殿が言った。
驚いちゃってるよ。
それって、この言葉を知っている事への驚きかなぁ?
それとも、考えていた事を言われた驚きかなぁ?
沢彦禅師とはまだ会ってないはずだしぃ。
もっとも、この言葉、この人が言ったと言うのは確実じゃないし。
この世界の場合、言ったのは私って事になっちゃうのかな。
私とうつけの殿が絡み合って、歴史が造られている。それはマジなのかも。
なんて現状を諦め気味に思っていると、意外な言葉をうつけの殿が言った。
「なぜ知っておる。
喧嘩夫婦じゃと」
今なんて?
てんかふぶ? には聞こえなかったような。
けんかふうふ? って、聞こえたような?
あれ?
「すみません。今なんと?」
「喧嘩夫婦と言ったのじゃが」
はぃぃぃぃぃ?
私の目は点になった。
水曜の予約更新です。
うーん。次週から完全不定期更新にしようかなと思っています。
てんかふぶ、てんかふぶ、けんかふぶ、けんかふうふ。
く、く、苦しかったですかぁ?
それでも、よろしくお願いします。




