なんで私がサルの嫁になんなきゃいけないのよ!
桶狭間の戦いから、時は静かに流れ、私は、いえ正確には、“ねね”は13歳になっていた。
そんな私は今、運命の岐路に立っていた。
すでに暮らしなれたねねの家。
ねねの父親と向かい合って座っているのはサル。
私はねねの母親と共に、父親の左側側面に座って、二人の会話を聞いている。
二人の会話は私とサルとの結婚である。
来るべき時が来た。
それが正直な私の感想。
サルなんかと結婚なんてしたくない。
でも、歴史ではねねとサルは結婚している。
「ねね、どうかな?」
ねねの父親が私の気持ちを問うてきた。
ここで私が嫌だと言えば、この話は無くなる。
受ければ、サルと結婚。
自分の気持ちに従えば、断固拒否。
でも、そう簡単にいかないのが人生。
色々なしがらみに捕えられ、気持ち通りの自由な行いは制限されてしまう。
今、私を捕えているのは元の世界に戻りたいと言う気持ち。
頭の中は混乱状態。
そう簡単に決断はできない。
「悩んでも仕方ないでしょ。答えは一つ。覚悟を決めなさい」と、冷静な私。
覚悟決めれないよぅ~。と、サルに目を向ける。
サルも緊張の面持ちで、私を見ている。
早く私の答えが欲しい。でも、断られるのが怖い。そんな表情。
元の世界を諦める訳にはいかない。
だけど、譲れないものもある。
うーん。
悩んでいる私に、一つの単語が思い浮かんだ。
仮面夫婦。
何も途中から仮面夫婦になるって決まりがある訳じゃない。
最初から仮面夫婦だっていいじゃない。
私は大きく頷くと、父親に目を向けた。
「父上。藤吉郎殿と二人っきりで話をさせてください」
私の言葉に、サルの目は輝いた
きっと、即拒絶しなかったと言う事は、私が受ける気があると感じ取ったんだろう。
癪、癪。そう思われた事が癪。
「さすがサル、するどい動物の勘ね」と、冷静な私が言う。
そんな事、呑気に言ってる場合じゃない!
「分かった。わしらははずそう」
そう言うと、ねねの両親は家を出て行った。そう部屋を出て行ったくらいでは話が聞こえちゃうから。
二人っきりの家。
「ねね殿。二人っきりですね」
サルは嬉しそう。
私はうれしくなんかない!
「藤吉郎殿。今から言う条件を飲んでいただきたいのですが」
「ねね殿。何でも、申して下され。
できる事は何でもいたします」
「できますよ。簡単な事ですから」
そう言って、サルに微笑んでみせた。
簡単。そう簡単な事。
でも、サルはそれが何なのかと緊張しているが、伝わってくる。
「お願いは一つだけ」
「何でござりましょうか?」
「夫婦になっても、あんな事やこんな事は一切いたしませぬ」
「じゃあ、私は一生処女なんだぁ」と、私の言葉に冷静な私が反応した。
はっ! そ、そ、そうなっちゃうの。
えーっ、それはちょっと。
でも、サルは嫌よ。サルは。
「あんな事や、こんな事とは何でごさろうか?」
色んな事が渦巻く私の頭の中に、サルの言葉が入ってきた。
「それは、それは」と言いかけて、言葉を止めた。
ひぇぇぇ。セックスなんて、私の口から言葉にできないしぃ。
そもそも、それでは通じないでしょ!
な、な、何? なんて言うのよ?
ち、ち、ちちくりあう? それ当たり?
わ、わ、私の口から言うの?
何か言葉の響きから言って、かなりエロいイメージが頭の中に浮かぶ。
「ち、ち、ち」
顔が真っ赤になってきたのか、頬のあたりが熱い。
何? って、視線をサルが私に向けている。
よりにもよって、サルに向かって、こんな言葉言えないよぅ!
そんな時、別の言葉が思い浮かんだ。
「契る事はないのよっ!」
突然湧き上がってきた言葉を口にした。
「へ? では、夫婦になっても、契ってはくださらぬのですか?
お子は、お子はどうするのですか?」
おぉぉぉぉ。とりあえず、通じた。
私の頭の中で拍手喝采が巻き起こった。
「子は要りませぬ。育てる面倒は嫌です」
おぉぉぉぉ。と、自分で吐き出した言葉に、私の頭の中で、再び拍手喝采が巻き起こった。
これなら、サルとあんな事やこんな事をするのが嫌と言う風ではない。
あくまでも子供が欲しくないと言う理由になる。
「で、で、では一回だけで、かまいませぬ」
で、で、出たな「一回だけ攻撃」。
噂で聞いていたので、これには免疫がある。
マジで言うのね。男の人って。
大体、一回だけって何なのよ?
意味分かんないんだけど、この攻撃。
そんな思いを表情に出さず、きりりとした顔つきで、ピシッと拒絶する。
「一回だけでもだめです」
私の完全拒絶に、サルはしょんぼり気味。
「ど、ど、どうするの?
条件飲んでくれるよね」
「それでは夫婦の意味が」
サルのその言葉はちょっと私を別の意味で動揺させた。
だって、ねねとサルが結婚しなければ、歴史が変わってしまう。
「サルを逃がしちゃだめなんじゃないの?」頭の中の冷静な私の言葉に、私は一人頷いて、つばを飲み込んだ。
サルを見つめて、その真意を問うた。
「子供が欲しいって事? 契りたいって事?」
契ったところで、ねねとは子供はできないんだから!
「両方です」
やっぱ、したいんかい!
私はサルとは嫌なんだからね!
しかし、このまま拒否れば、サルは「キキキッ!」と鳴いて、私の前から消え行くかも知れない。
私がサルとあんな事やこんな事をしなくて済んで、サルにもやる気を出させる方法は?
うーん。
私は考えた。
もしかすると、長くなるかもと思ったけど、その答えはすぐに出た。
サルは高貴な女性好き。
自分より上の女性としたいんだ。
これって、男の征服欲?
それとも、サルの劣等感のなせる業?
その答えはよく分かんないけど、サルがそう言うタイプだと言うのは分かっている。
「藤吉郎殿。
よく聞いてください。私とは契りませんが、他の方と契るのは許します。
そして、私と夫婦になれば、藤吉郎殿を大名にして差し上げます」
「大名?」
あまりの言葉に驚いている。
私はしっかりと頷いてから、言葉を続けた。
「清州城の城壁。修復できて褒められたでしょ。
手柄を重ねて行ったら、大名だって夢じゃないわよ。
目指せ! 豊臣秀吉!」
私はそう言って、まっすぐ伸ばした右腕の人差し指を高く差し出してみた。
「とよとみひでよし?」
「あ、ごめん。気にしなくていいから。
で、そしたら、公家の娘さんだって、側室にできちゃうかも」
「公家の? ま、ま、まさか」
「いい!」
そう言って、突き出した右手の人差し指をサルに向けた。
「信じる事は力。
信じて努力すればこそ、夢を現実にできるってものよ。
信じなかったり、努力しなければ、夢はいつまで経っても現実にはならないのよ」
私の勢いに押されて、サルは固まったまま、ごくりと喉を鳴らした。
「では、いつの日か、公家の娘とも契れる」
そんなにしたい訳?
はぁぁぁ。
ため息が出てしまう。
ちらりと視線を向けたサルの顔は、何か妄想しているのか崩れ気味だ。
「も、も、もちろん。
どうです? いい条件じゃないですか?」
「はい」
サルは満面の笑みで、私の条件をのみ、私は歴史通り、サルと結婚する事になった。
結婚式。それは女の子が一番輝くとき。
小さなチャペルの中、白いウェディングドレスに身を包み、お父さんと歩くバージンロード。
バージンロードの両横には私たちを祝福してくれる友人や親族たち。
途中で待つのは私の……。
はっ! 誰よそれは?
私、元の世界でカレシしなかったしぃ。それにまだ高校生だったしぃ。
と、と、ともかく。
結婚式はそうでなくっちゃ、だめなのよ!
だと言うのに、何これ?
薄暗い長屋の部屋で、白無垢すら着られないなんて!
涙が出てしまうのは、うれし涙なんかじゃない。
当然、悲しくて、悲しくて。
この世界に来てから、何度も涙した。でも、それはほとんど、誰にも見られずに。
でも、今日は人前で泣いていいよね。
うわーん。
なんで私がサルの嫁になんなきゃいけないのよ!
なんで、こんな事になっちゃったのよぅ!
私、帰りたいよぅ!
お気に入り、入れてくださった方、ありがとうございます。
おかげで、目標の50達成しました!(10/13日朝時点)
なんて、言っておいて、予約投稿のこの話が投稿された時には減っていたら……。
と言う場合もあるかも知れないけど、水曜7時予約投稿します。
これからも、よろしくお願いします。




