敵はおけはざま山にあり!
うつけと言えど、この国の主、うつけの殿。
迫りくる今川勢にどう対抗するのか。
その決断は、あんたの仕事じゃないの!!
だと言うのに、「籠城?」って、何なのよ!
私の知っている歴史でも、信長様はその考えを明かさなかった。
でも、どうみても、小首を傾げている目の前のうつけの殿はまじで、決断を出せていないとしか見えない。
「なんで、決めれないんですかっ!」
私の口調も疑問形。でも、その上にぷんぷん気分が重なっている。
「うむ。どうすれば助かるか?
なかなか難しいでのぅ」
「はい?」
戦を前に、どうすれば助かるか? ですか?
その言葉に私のがっくし気分は無限大。
「幸若舞、舞って覚悟を決めてたんじゃないんですか?」
さっきのりりしい顔つき。そこに男の強い意志を感じていた私は思わず聞いてしまった。
「あれか?
もしかすると、わしも死ぬことになるのかと思えば、舞いたくもなるじゃないか。
人間は生きていたところで、50年ほど。
いつかは死ぬのなら、わしもまだ若いが死んでもしかたあるまいと、自分を慰めておったのじゃ」
「まじですかっ!」
強い口調。私の頬は真っ赤。これは照れてるんじゃない。ぷんぷん気分を通り越した怒りの色。
「いいですかっ!」
人差し指を突き出した右手をうつけの殿に向けながら、ぶんぶん上下に振り回して言った。
ちょっと高圧的な態度に、うつけの殿とお市さまは戸惑った表情を浮かべている。
でも、もう止まらない。このまま突っ走っちゃうしかない。
「籠城して勝てる訳ないでしょ。
戦うしかないのよ」
真剣な私に気圧されるかと思いきや、うつけの殿は大笑いを始めた。
「ねね。我が兵の数と、義元の兵の数は違いすぎる」
私が何も分かっていないと言いたげだ。
むっとした私のほっぺが膨らんだ時、お市さまが言った。
「ねねはそれを承知の上で、勝てる方策があると申しております。
義元一人の首を狙うのです」
「何?」
うつけの殿の表情がひきしまった気がした。
「ねね。申してみよ」
お市さまに促され、私はうつけの殿にたずねた。
「今川の軍勢はどうやって来ると思われます?」
「そんなもの決まっておろう。馬、徒歩じゃ。おお、それに義元は輿に乗ってると言う噂もあるのう」
「そんな事決まってるでしょ。
そんな事、聞いてませんっ!」
うつけっぽい答えに、またまたぷんぷんな返事をした。
「では、何か、羽を生やして飛んでくるとか」
ティンカー・ベルかよ!
その答えに、思わずうなだれてしまった。
さっき一瞬見せたきりりとした引き締まった表情は幻?
「どこにそんな人間がいますか!
街道を列になって進んでくるんですぅぅぅ」
口を尖らせて言った。
「なんじゃ、ねね。そんな当たり前のことを申して」
きょとんとした顔でそう言ううつけの殿は、心の中で私をうつけと思っていそうな事が、よけいに癪。
「その長さ分かります?
ただ進軍しているだけでも、どれだけの長さになると思います?
2列で進軍してきて、その間隔が3組が1m程度だとすると」
「いちめーとる?」
はっ! この時代の単位、未だに分かってなかった。
「とにかく、長い列になるんですぅ」
「ははは。ねねは数が得意でないようじゃな」
むっきぃー。サルじゃないけど、歯をむき出して怒る猿の気分。
むかっとした勢いで、説明をすっ飛ばして核心を言った。
「つまり、中入れです!」
はっとした表情をうつけの殿が浮かべて、黙り込んだ。
その表情に、私の怒りも薄らいでいく。
「分かってくれたんですか?」
私の言葉に軽く頷いたかと思うと、緩んだ表情に顔つきを変えて、私に言った。
「中出しか」
はい? なぜ、入れると出すを間違う?
もう一度、少し声を大きくして言った。
「中入れですぅ!」
「中に入れて、中に出すのか。まあ当然じゃの」
会話がかみ合わない。
そう思った時、お市さまが顔を赤らめている事に気付いた。
?? 何??
小首を傾げた時、おませな私が私の頭の中に、その言葉のイメージを浮かべてみせた。
ひぃぃぃぃ。何の話してんのんよ、この人!
赤ちゃん出来たら、困るでしょ!
真っ赤な顔で、私は絶句して固まってしまった。
「ねねは子どもだから、まだ大丈夫だと思うよ」と、冷静な私が頭の中で言った。
そんな問題じゃないでしょ!
「い、い、いいですかっ!
私の話を聞いてください!」
さっきよりも、うつけの殿に向けた人差し指を激しく振りながら言った。
「前線にいる部隊は当然、こちらの砦に攻めかかってきます。
当然、それなりの人数を送り込んできます」
「うむ。なら、援軍を送っておかねばならぬな」
うつけの殿の言葉に、私は首を横に振った。
「引き付けられるだけ、引き付けるだけでいいんです。
砦は守り抜く必要はありません。
間違っても勝ってはなりません。
万が一攻め落とされてもいいんです。見捨てる覚悟が必要です」
私の言葉に、うつけの殿の目が光った気がした。
「そして、進んでくる今川勢を領民たちはどう思うと思います?」
「うつけの私より、今川を選ぶであろうから、領民たちは歓迎するじゃろうな」
自分でもうつけと思ってたんかい!
くらくらしていいのか、褒めてやっていいのか? 全く判断できやしない。
そんな事を考えながら、私は言葉を続けた。
「歓迎したい領民たちはどうすると思います?」
「馳走するであろう」
「そう言う事です。
今川の前線は尾張深くまで入って来て、戦闘中。
後続の部隊、特に今川義元自身の進軍は遅くなります。
前線の部隊を引き付け、引き離すほど、義元周辺の兵の数は少なくなります」
「そこを襲うのか」
「はい。ですが、これには二つのポイントがあります」
「ぽいんと?」
「あー、大事な事が二つあります。
一つは尾張に侵攻してきている部隊に気付かれず、義元の近くに移動しなければなりません。
もう一つは、義元の一大事を聞きつけ、他の部隊がやって来るまでの間に、義元を討ちとらねばならない事です」
「ねね。もう一つ、大事な事があると思うのじゃが」
この人は何を言う気?
そう思いながら視線を向けると、おませな私がさっき浮かべさせたイメージが頭の中に浮かんできた。
「ひぃぃぃぃ」頭の中で叫んだ。
顔が真っ赤になっている気がする。
また、あんな事言うんじゃないよね?
そんな期待を裏切る言葉がうつけの殿の口から出た。
「それは、義元がどこにいるかじゃ」
へっ? 私の目が点になった。真っ当なご意見。
「ねね。どうする?」
「は、は、は、はいっ!」
思わずどもってしまった。
「それは大丈夫」
そう言ってから、部屋の片隅を指さして、どこかで聞いたフレーズをもじって言った。
「敵はおけはざま山にあり!」
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