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義元動く!

 そして、時は来た。

 今川義元が京を目指して動き始めた。

 清洲の城下を包む緊張感。



「うつけの殿では勝てまい」

「籠城するらしいぞ。城の者たちが、味噌に米を買いに走り回っていたと言う噂じゃ」

「戦が終わるまで、どこかに行っておいた方がよいかのう?」

「もうすぐそこまで今川勢は来ているそうじゃ。

 明日には攻めてくるはずじゃ」



 そんな会話が飛び交う清洲の街中を足早に歩いている。

 お市さまと交わした約束。

 単なる社交辞令。そんな可能性もあると思っていたけど、どうやら本気で言ってくれていたらしい。

 約束を覚えておられたお市さまの命で、私は今清洲城に向かっていた。


 私を連れているのは甲冑姿の父上。

 まあ、本当のお父さんじゃないけど。いや、この人はねねにとっても養父であって、本当の父上じゃない事を考えると、どちらにしても一緒。


 父上は私がお市さまに呼ばれている理由を知らない。

 父上からたずねられたけど、私も知らないと答えている。



 「何ゆえ、そなたをお市さまはお呼びなんじゃろうな。しかも、こんな時に」



 そんな事を、独り言のように何度となく言っているのは、私が本当は知っていると思っている訳じゃなく、不安な気持ちが吐き出させている言葉なんだろう。

 ちらりちらりと視線を向ける父上の横顔には不安が浮かんでいる。

 ちょっと悪い気がしない訳じゃないけど、私をお市さまが頼りにしているなんて、言える訳もない。


 甲冑がかちゃかちゃと音を鳴らしながら歩く父上に連れられて歩く私の視界の先に、やがて城門が見えてきた。

 城門は開かれていて、人の出入りが激しい。


 城門をくぐり抜けた先には、多くのかがり火がすでに灯されていて、赤く燃える夕空に続いて訪れる夜の闇に備えている。


 甲冑に身を包んだ武者たちが慌ただしく動くさまは、城の中も緊迫感に満ちている事を物語っていた。


 父上が城の中を迷うことなく、お市さまがおられる場所を目指して行く。


 清州のお城に上がるのはあの時以来。

 私の頭の中に、あの日の風景が甦る。

 お市さまの部屋近くまでたどり着くと、父上が大声を張り上げた。



「浅野又右衛門長勝。娘のねねを連れてまいりました」



 その声が終わるか終わらないかの内に、お市さまの部屋から侍女が出てきた。



「そちらから、どうぞ」



 そう言いながら、廊下につながる木でできた階段を手でさした。



「では」



 私は父上にそう言うと、ひとりお市さまの所を目指しはじめた。



「粗相のないように」

「はい」



 父上の言葉に一度振り返って、そう返した。


 ぎし、ぎしっと軋む音を立てる木を踏みしめ、廊下に上った。

 揺らめく黄色のろうそくの炎が、部屋の中のお市さまを照らし出していた。


 この前と変わらないきれいな衣装に身を包み、部屋の奥で座っている。

 でも、その表情は引き締まっていた。



「ねね。知っていると思うが、今川勢が上洛を始めた。

 明日にでも、尾張の国境にやって来るであろう。

 そなたは、今川に策次第では勝てると申したのを覚えておるか?」



 私は黙って、力強く頷いて見せた。



「どうする?」

「ここに来るまでの途中、道々に聞いたのは籠城です。

 ご準備をされているとか」

「兄上が申した訳ではない。まだ、兄上は何も申されていないが、籠城となれば準備もいると言うもの」

「籠城は愚策でございます。打って出ます」

「されど、勝ち目はあるまい」

「手はあります。

 一言で申せば、今川義元の首のみを狙います」



 お市さまの目が見開いた。

 一瞬の沈黙。

 お市さまは、その有効性を認めつつも、可能性を考えているに違いない。



「可能なのか?」



 真っ当な質問だ。

 とてもじゃないけど、そう簡単にいける訳はない。



「はい。ぜひ、信長様に」

「分かった。ついてくるがよい」



 お市さまはそう言うと、静かに立ち上がった。

 お市さまが部屋を出て行く。

 その後に侍女たちが続き、その後を私がついて行く。


 その間も、慌ただしくうごめいている甲冑姿の武者たちにすれ違う。

 当然、お市さまには頭を下げていく。



「しかし、この期に及んでも軍議さえ開かぬとは、呆れたものじゃ」

「軍議を開いたとて、どんな策があると言う。

 籠城以外に手はあるまい。他にどうすると言う」

「たしかにのう。真っ向からぶつかれる数ではないからのう」



 そんな会話をしながら、二人の武者が私たちの方に向かってきた。

 一人は髭面に丸顔。

 もう一人は細面。

 着こんでいる甲冑がその辺の武者たちとは違い、風格ときらびやかさがある。



「これはお市さま」

「柴田殿、丹羽殿。頼みますよ」



 この二人があの柴田勝家と丹羽長秀らしい。

 歴史的人物をまじかに見れるなんてと、一瞬だけわくわく感がわき起こった。

「自分の命だって、危ないんだよ」と、冷静な私がすぐにそのわくわく感を消し去った。



「お任せ下され」



 二人はそう言って、頭を下げて立ち去って行った。






「兄上、入りますよ」


 お市さまが障子が連なる部屋の前でそう言った。

 その向こうにうつけの殿がいる事は分かっていた。



「にぃんげぇん、ごじぃぅねぇん~。げてんのうちをくらぶればぁ~」



 障子越しに聞こえてくるのは、幸若舞 敦盛。

 今川義元を討つべく出陣する前に、舞ったと言う有名な舞。


 信長様がりりしい顔つきで舞う姿を思い浮かべれば、私はくらくらとしてしまう。

「でも、今、舞っているのはうつけの殿だよ」と、冷静な私の言葉に、げんなりとうなだれてしまう。


 お市さまが障子を開けると、そんな私の目に、うつけの殿の舞が飛び込んできた。


 嘘っと叫びたくなるようなりりしい顔つき。

 これで、うつけでなければ、やっぱ惚れちゃうんだけどなぁ。



「ゆめ、まぼろしのごとくなりぃぃぃぃ。ひとたびしょうをうけ、めっせぬもののあるべきかぁぁぁ」



 そうよ。

 人生一度きり。

 いつかは人は死ぬ。

 なら、それまで一生懸命頑張るしかないじゃない。

 うつけの殿もそう感じているんだ。

 なら、私も。

 そう思った時だった。



「お市、それにねね」



 私たちに気付いて、そう言った時にはもう顔つきからりりしさは無くなっていた。

 いつものうつけの顔つき。

 たとえ、うつけが正体であっても、あのりりしい顔つきをもう少し見ていたかった。

 それが本音。

 そんな私のがっくし感とは関係なく、お市さまがうつけの殿に近づきながら言った。



「兄上。今川勢は明日にも尾張に侵入してくると思われます。

 どうなされるのですか?」

「うーむ。そうよなぁ」



 うつけの殿は、そう言ったかと思うと、天井を見上げながら、右手で顎のあたりをさすり始めた。



「はぁぁぁ。やっぱ、だめかぁ」そんな声が私の頭の中で、エンドレスに繰り返される。



 うつけの殿が視線をお市さまと私に向けた。

 結論が出たらしい。

 緊張しながら、うつけの殿の言葉を待つ。


「籠城?」


 なぜに、疑問形!!

お気に入りを入れてくださった方、ありがとうございました。

こんなにうれしい事はありません。

これからも、よろしくお願いします。


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