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全ては「ぽちっ!」から始まった

 12月25日。私、杉原佳奈 高2は日が傾き始めた空の下、クラスメートたちと楽しく過ごしたクリスマス会からの帰路にあった。



「ごめんなさい」



 飾りっ気も何も無いたった6文字のメールを打って、送信ボタンを親指でタッチする。

「いい加減にしてよね」

 そう心でつぶやきながら。


 みんなで盛り上がっているカラオケの中、あいつは私のメアドを聞いてきた。

 特に断る理由も無かったし、せっかく盛り上がっている雰囲気を壊したくなかったから、メアドを交換した。

 まあ、そうメールを送って来る事も無いだろう。いや、交換したばかりで、挨拶程度に送って来るかも。

 そんな風にしか考えていなかった。


 が、あいつはみんなと別れてすぐにメールで告ってきた。

 さっきまで、目の前にいた私に、なぜメールで告る。

 告りたければ、二人っきりになるチャンスを作って、直接言葉で言え!

 気分は少しぷんぷん気味。

 

 私のタイプは、そう、信長様。独創的で、迷いのない。敵とみなした相手を皆殺しにする事さえ。いえ、そこはちょっと怖いけど。

 他には強いのに私欲の無い上杉謙信様に、知略采配冴えわたる真田幸村様。

 はぁ。そんな男、ころがってないかなぁ。


 そんな思いが込み上げてきて、私の頭の中のクロック周波数を上げる。

 それにつられて、足が速まる。足を動かす処理は完全にモジュール化されていて、私の頭の中の「私」の直接の管理下にはない「小さな私」が担当している。

 それだけに、私は足を動かすことに意識を向ける事もなく、歩くことができる。が、反面、急に足を動かす処理を変更したりできない。



 私の家に向かう途中にある小さな公園。ここを抜けるのが、私の家への近道。

 足早に公園の中に踏み入れると、細い道を歩いて行く。

 冬の公園の木々は葉を落とし、枝だけで寒々としている。

 すでに点灯している街灯が、私が吐き出す息を白く浮かび上がらせていた。

 他には何もない空間。

 そんな空間を映し出す私の視界の片隅に、移動物体が映し出された。



「何?」 



 私は視線を向けた。

 どこかからか、小さな箱のような物が飛んできたようだ。

「誰だ? こんな物を投げ捨てた奴は?」

 さっきまでのぷんぷん気分の上に、さらにぷんぷん気分が積みあがった。


 それは地面にぶつかると、転がりながら、私の前に、正確には着地しようとしている左足の下に潜り込もうとしている。

「やば!」

 誰の物か分からない物を、このままでは踏んづけてしまう。

 壊してしまうかもしれない。


 私の頭の中の「私」はそう判断したけど、足を動かしている「小さな私」は足を動かし続けている。

「ストォォォップ」

 めいっぱい気合を入れて、足を止めようとしたけど、足は止まらなかった。


「べきっ」と言う感触が足の裏に伝わってきた。

「まじ、やばい」

 そう思った瞬間、「ぽちっ」と言う感触が続いて伝わってきた。


 さっき見た足の下にある物体のイメージを頭の中に浮かべた。

 小さな箱にはボタンのような物があった。そして、ボタンを覆う透明のカバーのような物があった。

 最初のべきっと言う感触は、そのカバーを壊した時のものだろう。

 ぽちっと言う感触はそのボタンを押した時のものに違いない。



「何を押しちゃったの?」



 ちょっと焦り気味の気分が沸き起こってきたけど、私の正常な意識はそこまでだった。

 くらくらとした眩暈のようなものに襲われ、私の意識は暗い、暗い、闇に引きずり込まれて行く感じがした。

 薄れて行く意識。私はここで倒れちゃうの?

 もしかして、死んじゃうのかな?

 そんな思いが頭の奥底で浮かんだ気がしたけど、それもすぐに闇に消えて行った。





 暗い闇に沈みこむかのように思われた意識が戻って来る。

「助かった?

 今のは何だったの?」

 そんな思いで、目を開けた。


 空が青く、陽光が煌めいている!

「何これ?」

 さっきまで、日暮れの公園だったと言うのに。

 きょろきょろと辺りを見渡して見る。


 目の前は何かの低木が植えられていて、塀代わりになっている感じ。

 左右には申し訳程度の板で、隣家との境界が作られていた。

 そして、背後には茅葺のぼろい建物。現代風に言えば一階建て。しかも戸建ではない。

 そう、長屋。

 大河ドラマでも、こんなぼろい建物は見たことが無いようなものが背後に建っていた。



「私、頭を打って、どうかなっちゃった?

 それとも、これは夢?」

 そう思った時、何か臭う事に気付いた。

「く、く、臭い」

 何が臭うの? そう思って、辺りを見渡してみた。

 辺りに臭うようなものはない。



「はっ! 臭うのは私?」


 自分の腕を臭ってみようとした時、自分が身にまとっているものが、私の服でない事に気付いた。

 和服だ。と言っても、着物でも間違っても十二単でもない。あえていうなら、浴衣に近い感じだが、鮮やかな色使いではなく、鮮やかさの無い色で線状の模様が作られていて、かわいさなんて微塵も無く、しかも全体的に薄汚れていてぼろい。



「な、な、何これ?」



 私は全身を見渡してみた。

 私は見た事もないみすぼらしい服に身を包んでいた。

 どうやら、臭いは私自身から漂っているに違いない。


「いやぁー」

 そう叫びたい衝動を抑えて、現実を見据えてみた。

 私はさっきまでの私ではないらしい。


 今さらだが、そもそも視線が低い事に気付いた。

 自分の両手を見てみた。そこには子供の大きさの手があった。

「子供?」


 それを確かめるため、自分の胸に手を当ててみた。

 ぺっちゃんこ。それを通り越して、胸が無い。

 恐る恐る服の隙間から手を入れて、確かめてみた。この胸はぺっちゃんこなんかじゃなく、間違いなく子供の胸。


 いや、もしかして、男の子と言う可能性は?

 どきどときと激しく鼓動する胸。恐る恐る手をあそこに入れてみた。

「よかったぁ」

 女の子と言う安堵感が私を包む。

 いや、そんな事で安堵している場合じゃない。全く毛も胸も無い子供になっている。


 いや待って。そんな事以上に、大きな問題がある。

 ここは、ここは、どこで、私は何者?

 どうしたら、私は帰れるの?

 それとも、やっぱこれは夢?


 夢なら、臭わんでしょ。と、頭の中で冷静な私が一人突っ込みをする。

「そんな一人突っ込みしている場合じゃないよぅー」

 私が頭を抱えて、しゃがみ込むと、背後から声がした。



「ねね。どうした?」



 振り返ると、ぼさぼさと言っていい髪にまげを結った男の人が立っていた。


 少しは予想していた。もしかして、これはそんな時代なんじゃないかと。

 私が告ってきたクラスメートに冷たくして、信長様ぁ~なんて思っていた罰?



「お父さん、お母さん」



 心細くなった私の口から、突然そんな言葉がこぼれてしまった。



「どうした? 

 わしはここにおるじゃないか?」

「違う、違う、違う」



 感情が高ぶって来てしまっていた私は、激しく首を横に振りながらわめいてしまった。



「定利殿や朝日殿が恋しくなったのか?」



 そう言って、その男の人は私の背後まで近寄り、肩を抱いた。

 知らない男の人に、肩を抱かれた私は激しく体をゆすって、その腕の中から逃げ出すと、外に飛び出して行った。


 そこに目的の地があった訳じゃない。

 少しでも今いる場所から遠くに行きたい。

 受け入れがたい現実から逃れるには、それが解。

 そんな思いからだった。

私の作品を読んで下さっている方で、お気づきの方がいるかも知れないですけど、これは「聖夜の人生リセットスイッチ」から、時間的には続いていることになります。

もし、よかったら読んでくださいね。

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