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ラビリオ・グラースは6歳を迎えたばかりである。
視力はあまり良くない。
都会からやや離れた土地柄、同年代の子供達との交流を殆ど持たずに育ってきた。
それでも、5歳を迎えて直ぐに礼儀作法や剣術、勉学の為の教師が来るようになり、屋敷に住む人間とは 別に外から来る大人達との交流には、特に苦手意識を持った事はなかった。
そう、今までは。
華やかに着飾り、上品に振る舞う大人達、それに倣うように振る舞う年上の令息令嬢、時として、甲高い声を上げながら走り回る同年代から下の子供達。
普段は静かで、閑散とした庭で繰り広げられたその光景に、ラビリオは大いに戸惑っていた。
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きっかけは母の「そろそろラビリオもお友達が必要なお年頃だから、パーティーを開こうと思うの」という、唐突な一言から始まった。
それに父が同意するやいなや、あれよあれよと言う間に準備が進み、開催された今に至る。
ラビリオは、特に他者との交流に困った事はなかった。
それは相手が落ち着いた大人であり、ある程度、子供の扱いに馴れていた者たちばかりだったからだ。
今回のパーティーの目的は交流である事から、様々な年代の男女が入り乱れている。
父と母は挨拶に忙しく、ラビリオは父によって、早々にやんちゃ盛りの同年代の輪の中に放り込まれた。
大人しく、どちらかと言うと、インドア派なラビリオはアウトドア全開の騒がしい同年代の子供達に大いに振り回された。
そんな少年達に目を回しながらも付いて走り回る事はとても楽しかった。
そんな時である。
ドン!
かしゃん。
「あ、わりぃ……ひっ」
パリン
勢い余ってラビリオの背中に誰かがぶつかった。
その拍子にかけていた眼鏡が音を立てて落ちたのだ。
それに気付いた少年が落ちた眼鏡を拾い上げながら謝り、ラビリオを見るや、拾った眼鏡を落とし、あまつさえ、その眼鏡を踏んでしまったのだ。
場に静寂が訪れた。
「だいじょうぶ」
口が達者ではないなりに、ラビリオは言葉少なになんでもない事だから、と伝えようとぶつかった少年を見た。
その瞬間、
「……ふっ」
引きつけのように息を吸った少年は大声で泣き出した。
それを見た他の子供達はラビリオを見るや、ある者は青い顔で、ある者は半泣きになりながら、蜘蛛の子を散らすように駆け出していった。
ああ、やってしまった。
ラビリオは内心で大いに落ち込んだ。
眼鏡を外したラビリオは目つきが悪いらしいと言う事には気付いていた。
屋敷の使用人達でさえ、肩が震えている時がある。
聞けば、眼鏡がある時とない時の落差が激しいらしい。
唯一平然としているのは両親くらいなものだ。
ラビリオはため息をつき、近くにいた使用人に声をかけ、割れた眼鏡の始末をお願いする。
通りがかった使用人も一瞬、トレーを落としかけたが、どうにか受け止め直し、頷いたあと、掃除道具を取りに行ってしまった。
「ラビリオ」
柔らかな声音に顔を上げれば、母が手招きしていた。
母の前まで行けば、「あらあら、壊れちゃったのね」と、困ったように笑うのがわかった。
ラビリオはこくり、と頷く。
ロッテは息子の視線に合わせて指をある方向に滑らせた。
「あちらの大きな木の下のご令嬢の中にイリーナちゃんって言う女の子がいるの、ラビリオと同じくらいの子よ。迎えに行ってもらっていいかしら?」
母は『お願い』とラビリオに向かって両手を合わせた。
なぜ?と思い、顔を上げれば、母の肩越しに胸倉を掴まれ、笑顔でガクガクと揺すられている父の姿が見えた。
父が何をしたかは不明だが、これは母のフォローが必要だろうな、と幼心に納得した。
相手が何をしたか、でないところがポイントである。
「金色の髪と緑の目をした女の子よ。ピンクのドレスを着ているの」
よろしくね、と言われ、ラビリオはこくり、と一つ頷いた。