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イリーナは今年で5歳になった。
もうすぐ6歳である。
令嬢達の輪と言っても様々である。
同じ年頃だけで集まるものもあれば、年齢こそ違えど、趣味趣向が同じと言ったものある。そんな中、イリーナがつれられた先は、弟妹達の面倒を見ながら話に花を咲かせているご令嬢達の集まりである。
初対面のイリーナに興味津々な同年代の令嬢、令息達、初対面のイリーナに、優しく、当たり障りなく接する年上のご令嬢達。
腫れ物に触るかのような空気の中、その輪の中にあって、イリーナはボッチだった。
理由は明確である。
ハルベル家と言えば、上流階級の中では特に大きな発言力を持つ。
そのハルベル家が総出で甘えに甘やかした末の娘の不興を買った日には目も当てられない。
そんな訳でイリーナは一見輪の中で和やかに溶け込んでいるように見えてボッチだった。
そしてふと、何気なくイリーナは首を巡らせ、固まった。
イリーナの視線の先に、こちらをすごい勢いで睨んでいる少年がいた。
年の頃はイリーナとそう、変わらなそうに見える。
青い髪に緑の瞳は目つきが大変悪…鋭く、気の弱い子供ならば間違いなく泣き出している。
現に、偶々イリーナの側にいた同年代のお子様が今にも引きつけ起こして倒れそうな顔色になっている。
しかし、イリーナが固まった理由はそれだけではなかった。
グラース夫妻に感じた違和感が、こちらを睨む少年を見た瞬間にストン、と腑に落ちたからだ。
(あのこ……)
瞬間、イリーナの脳裏に今なお、こちらを睨む少年の様々な姿が閃いた。
花を見て微笑む姿、何かに驚く姿、晴天にも関わらず、ずぶ濡れで不貞腐れる姿。その中でも、イリーナをドン引きさせたのは、頭に冠をのせ、カボチャパンツを履き、白馬に乗る少年の姿。
しかもご丁寧にも背後に薔薇が、その周囲にエフェクトもかかっている。
(いやぁ……ありませんわー)
などと、ちょっと遠い目で心の中で呟いた瞬間、その映像の隅に何かが引っかかった。
よくよく注意してみると、その端で目をキラキラさせながら祈るように手を組む3歳を何事もなく素通りしていれば、そうなったであろう、イリーナの姿。
その瞬間、思わずイリーナは誂えたばかりの扇子を地面に叩きつけていた。
唐突な暴挙に出たイリーナに、周囲の空気が凍りつき、イリーナは我に返った。
「どっ!どうかなさいましたの?イ…イリーナ様?」
その中の10代を少し超えたばかりだろう令嬢が、恐る恐る尋ねてきた。
「ご、ごめんなさい。む、むしが飛んできて、びっくりしましたの」
「まあ、そうでしたの、虫に刺されたりはしませんでしたか?」
「ええ、びっくりしてしまいましたけど、だいじょうぶですわ」
あからさまにほっとした態度の令嬢が落ちた扇子を拾い上げ、イリーナの手に載せた。
「お気をつけあそばせね」
「ありがとうございます」
引きつった笑みを浮かべながら、咄嗟に思いついた私偉い、さすが5歳、と心の中でイリーナは自画自賛した。
「あの……」
「はい?」
そして突然かけられた声に、イリーナは返事と共に振り返り、再度固まった。
後ろでご令嬢の「ひっ!?」というわずかな悲鳴が聞こえた。続いてイリーナの側にいた子供がとうとう泣き出した。
眼力だけで、年上のご令嬢を怯えさせ、同年代の子を泣かせてしまったご令息が、イリーナの目の前にいた。
「ちちとははがよんでます」
遣いに出されて不本意だと言わんばかりの憮然とした態度にイリーナの口の端が引きつった。
自己紹介もなく、唐突に言われれば、「あなたのごりょうしんはどなた?」と問い返したくはあるけれど、少年はそんな事にも頓着せず、ふいっと目を逸らした。
髪色、瞳の色、そして、その目付きを除いた面影から察するに、グラース家の令息に間違いない。
そんな少年は親の仇でも見るかのように再びギリギリとイリーナを睨みつける。
(わたくし、なにかしたかしら……?)
イリーナは直ぐに否の答えを出す。
この少年とは初対面であり、その不興を買うのはもっと先の筈だ。
「お告げ」がそういうのだから間違いない。
それを除けば、心当たりはまったくない。
イリーナは令嬢達に別れの挨拶を済ませ、さっさと背を向けて歩き出す少年の後を慌てて追った。
こう言う場合は迎えに来た少年がイリーナをエスコートするのが常識だが、少年がこちらを振り返る様子すらない。
イリーナはいささかムッとしながら、その後ろを付いて歩いた。
そして無言で歩く事しばらく。
イリーナは目の前を歩く少年と今しがた降りた「お告げ」の相違に違和感を感じていた。
(どこがちがうのかしら?)
首を傾げ、前を歩く少年と「お告げ」が視せた少し未来の少年の姿を比べてみた。
「あっ!!」
瞬間、イリーナは閃いた。
「なに?」
相変わらず不機嫌そうに睨む少年にイリーナはずずいと近づいた。
レディとしてははしたない行為ではあるが、イリーナの頭からはそんな事はすぽんと抜けていた。
息が顔にかかるくらいまで近づいたイリーナに、さすがに身を引いた少年は、悪い目付きを更に眇めると、再度問うた。
「なに?」
イリーナはぱっと身を離すと、少年の手をギュッと握った。少年の手が、動揺を示した事にも構わずイリーナは疑問を口にした。
「あなた、めがわるいんじゃなくて?」