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「さあ、イリーナ、ご挨拶を」
父がそっとイリーナの背を押した。
見上げれば、期待に満ちた、2対のキラキラした眼差しとかち合った。
イリーナは思う。
多少ここで躓いたとしても、この両親は咎めまい、と。
寧ろ、年頃の子供だからとここぞと馬鹿……ではない、ばかりに持ち上げて褒めそやす未来が「お告げ」でなくとも目に浮かんだ。
イリーナは思わず虚空を見つめた。じわじわとせり上がる不安からの、ちょっとした現実逃避でもあった。
と、イリーナの前に影が差した。
顔を上げれば目の前には青い髪に紺色の瞳の柔和な紳士の顔があった。
よく笑うのか、目尻についた笑い皺がイリーナに好印象を与えた。
「そんなに緊張しなくていいんだよ」
そう言うと、イリーナの頭を優しく撫でると、こそりとイリーナに耳打ちする。
「こんなお父様で大変だろう?」
イリーナは目をまん丸にしたあとくすり、と笑った。
「はじめまして、おまねきありがとうございます。イリーナ・ハルベルともうします」
ドレスの裾をつまんで腰を軽く腰を折る。
今度は紳士の目が一瞬だけ丸くなる。そしてその目が和む。
「これはこれは、私はグラース家当主フェリデ・グラースです。我が家主催のパーティーにようこそ、小さな淑女」
そこにもう一つ影が差す。
「妻のロッテ・グラースですわ、ようこそおいでくださいました」
栗色の髪に緑の瞳が微笑ましげに揺れる。
イリーナはグラース夫人に向かい、同様に腰を折った。
「イリーナ・ハルベルですわ。ほんじつはおまねきありがとうございます」
「まあ、イリーナちゃんはそのお年できちんとご挨拶ができますのね、偉いわ」
両手を合わせて微笑むグラース夫人にイリーナの中で何かが琴線に触れた。しかし、それは一瞬過り、掴もうとしたが、それはするりと逃げた。
(あれ?)
「どうかなさいました?」
目の前で首を傾げるグラース夫人を見るが、今度は何も感じない。
「いいえ、しつれいいたしました」
謝罪し、顔を上げると今度はグラース当主と目が合い、チリ、と一瞬何かが掠めたが、それもやはり一瞬の事だった。
(いったいなんなのでしょう?)
イリーナはわずかなもどかしさを感じた。
イリーナのそんな様子をどう捉えたのか、グラース当主の眉が下がる。
「ウチの息子も紹介したかったんだが……」
ぴくり、と父の指先がわずかに反応した。
イリーナの思考に沈みかけた意識は父の不穏な空気により、現実に引き戻された。
グラース当主はそんな父の空気に気づかないのか、あえて読まないのか、辺りをゆっくりと見渡し、軽く肩を竦めた。
「今、この辺りにはいないようだ」
困ったようににこりとイリーナに笑いかけるグラース当主の肩を、これまた笑顔で掴む父。
「イリーナちゃん、せっかくだから、あちらのお嬢様方とお話してらっしゃい」
すかさず母がイリーナににっこりと笑いかけ、令嬢達の輪の中へと誘導する。
「でも、おかあさま」
「それじゃあ、息子が戻ってきたら紹介するよ」
なおも言い募ろうとするイリーナに相変わらず父の空気をスルーしたグラース当主は「いってらっしゃい」と気さくに声をかけた。
それを背に母を見上げれば、何事もないかのように優雅に微笑まれた。
「ところでフェリデ・グラース、少々大っ事な話があるんだが、いいかな?」
「ああ、いいよ。ところで話と言うのは「少々」の話なのかな?「大事」な話なのかな?どっちだい、ミロン・ハルベル」
「……大っっっ事な話だ」
最後に聞いた父の声はかなりドスの効いたものだった。
思いつき
小話+
ミロン「いいか、イリーナは絶対貴様の息子の嫁になんかやらんからな!」
フェリデ「あはは、ミロンは本当に気が早いなぁ、イリーナちゃんをウチの子の嫁にだなんて」
ミロン「まて貴様!また自分に都合のいい勘違いをしてるだろう!」
フェリデ「勘違いだなんて、相変わらずだなあ、ミロンは」
フェリデ「相変わらずなのは貴様のそのお花畑な脳みそだ!!」
(フェリデの胸倉を掴んでガクガク)