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「おもいかえせば3さいのわたくし、グッジョブですわ」
イリーナは密かに拳を握り、脇を締めた。
「あら、どうしたの?イリーナちゃん?」
「なんでもありませんわ、おかあさま」
その声に我に返ったイリーナは慌てて姿勢を正す。
目の前には彼女と同じ、金色の髪に緑の瞳の女性が優雅にお茶を飲んでいる。
「そう、それで、先程のお話なんだけれども、イリーナちゃんはお嫌?」
イリーナの母親はイリーナの機嫌を伺うように小首を傾げてみせた。
その可愛らしい仕草に胸をときめかせながら、イリーナは慌てて首を振った。
「いやじゃありませんわ。はじめてのパーティーですもの、とても楽しみです……わ」
イリーナの屈託のない笑顔は言葉の最後と共にわずかに引き攣った。
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「はぁ〜〜……」
自室に戻ったイリーナは物憂げな溜息を付いた。
初めてのパーティー。
期待と不安の高まる筈のそれは、イリーナの中では不安しかない。
その不安が何なのか、全くわからないのが困りものだ。
ただ一つ言えるのは、これが何時もの「お告げ」だということだけだ。
しかし、今回はどうもはっきりしない事がイリーナをもやっとさせた。
どちらにしろ、答えはすぐ出る事になるとイリーナは思考を放棄した。
5歳児のイリーナの集中力など所詮そんなものだった。
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3日後、イリーナは初めてのパーティーに出席した。
と言っても、ハルベル家が懇意にしている家の少し大きめの茶会程度のものだ。
昼間に開かれたそれは、子供を同伴して来る招待客も少なくない。
それは子供を通じて他家と懇意になろうという親の下心も多分に含まれている。
貴族の形骸化が進む昨今、ハルベル家もまた、可愛い末の娘を連れて来たとなれば、そのように取る家も多いだろう。
しかしながら、ハルベル家が目に入れても痛く無いほど可愛がる娘をそんなものに利用する筈もない。
「我が子を婿に」などと言い出そうものなら即刻排除の対象になるだろう。
ハルベル家が可愛い娘を同伴する目的は即ち
ウチの子自慢に他ならない。
甘えたい盛りの3歳にして、自ら立派な淑女になりたいと請い、それに幼いながらも真摯に取り組んできた末の娘。
甘えを捨て(両親基準)、己を律し(兄姉基準)、家族全員(特に父と兄)が寂しさに涙を流しながらもその成長を喜び、応援(甘やかそうと)した。
そんな日毎立派に成長する娘を、今自慢せずに何時自慢する!?
そんなウチの子自慢をしたくてうずうずしていたハルベル家に届いた招待状に両親は直様参加の旨を返し、今に至る。
イリーナは初めてのパーティーという事も手伝ってか、表情は固く、どこかぎこちない。
それでも、他の招待客の連れてきた同年代の子供達を見て、ハルベル夫婦は顔を綻ばせた。
それは一見すれば、幼い子供達の様子を微笑ましげに眺める夫婦の図に見える。
しかし、夫婦の心の内は一つだった。
勝った!
特に勝ち負けの基準はない。
あくまでもハルベル家の基準である。
ハルベル夫妻は思った。
イリーナの愛らしさに勝る者はなく、イリーナの聡明さを越えるに足る者はいない。
三歳の頃のイリーナはとても愛らしかった。
ドレスのデザインも手伝って、コロコロと転がりそうなフォルム、常に抱っこをせがみ、どれだけ不機嫌でも、甘いお菓子を与えれば、たちどころに可愛い満月のような笑顔を浮かべた。
それがある日突然、癇癪を起こして泣き出したかと思えば、翌日には決意に満ちた顔で立派な淑女になると声高に叫んでいたらしい。
今では年相応のふっくらさはあるものの、人目を引くには十分な可愛らしくも立派な淑女である。
どこに出しても恥ずかしくはない。
そう結論付けたハルベル夫妻はにこやかに娘を伴って招待元たる友人夫妻の元に訪れた。