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7,トイレの銀髪

「情報は無し、か……」


 クラコの執務室。

 俺とムルシェはクラコの呼び出しを受け、俺達の世界からの転移者の捜索状況を聞かされていた。


「はい。ここ最近であなたとリウラさん以外の転移者は、確認されていないそうです。身元不明者リストも当たりましたが、それらしき方は……」


 残念ながら、進展は無い様である。


「こうなると、同じ転移に巻き込まれたものの別の界層へと飛ばされたか……もしくはそもそも転移に巻き込まれていない、という可能性が高いですね」

「いや、転移自体はしてると思うんだよ」

「確証が?」

「ああ、だって俺が転移した時……っ……」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫?」

「……ああ」


 ……例の頭痛だ。

 セリナ関連の事を思い出そうとすると必ず発生する、やたら不愉快な頭痛。


「……俺が転移した時、最後にセリナの悲鳴を聞いたんだ。驚いたみたいな。多分、転移に巻き込まれた時のあのよくわかんねぇ感触に驚いて……どうしたんだよ?」

「え、あ、いえ……あ、はい。そう、ですか。そうですね。なら、その可能性も高い、でしょう」

「?」


 何かやたら曖昧なクラコの返答。


「あ、そうです。今日はリウラさん、初出撃ですよ」

「へぇ、じゃあグローリーの改修、終わったのか」

「はい。まだ格納庫にいるはずです。声をかけて来てあげたらどうでしょう」

「そうだな」


 という訳で、俺はムルシェを連れて格納庫へと向かった。





「…………」


 サイファー達の去った室内で、クラコは少し考える。


「妙、なんですよね」


 クラコは、この件に関していくつか奇妙な疑問を抱いていた。

 それは、サイファーとリウラの『証言の食い違い』。

 そして2人の『状態の違い』。

 何より、サイファーの『不自然な言動』。


 リウラは、悲鳴の入った通信など、聞いていないと言う。

 まぁ、これはただ単にリウラの方が数秒でも先に転移してしまい、通信聞けなかっただけ、とも考えられる。


 次に、リウラは、転移の際に意識を失ってはいなかった。

 リウラは、「一瞬で視界が光で埋め尽くされたと思ったら、この世界にいた」と証言している。

 しかし、サイファーは転移後、意識の無い状態だった。

 それも、発見から11時間も昏睡状態を維持していた。


 境界混乱パニフィクションについてわかっている事は少ないが、たった数秒差の転移でここまで状態に差が出る物なのか。

 それに、過去の転移者達の証言にも、転移の際に意識を失ったという旨の物は無い。

 何故、サイファーは意識の無い状態で転移したのか。


 ……そして、次。

 これが、クラコの抱える最大の疑問。


「……悲鳴」


 悲鳴が聞こえた。

 サイファーは、そう言っていた。

 驚いていた様な悲鳴だったから、転移に巻き込まれた際の不思議な感覚に驚いたニュアンスでは無いか。

 そうも言った。


 そう。

 そういう風に、まるで『決めつけた様に』言うのだ。


 聞いた限りの状況では、周囲には界獣とやらが複数いたのだろう。

 リウラの話では、自分達の部隊のすぐ背後にも、いつの間にか界獣が接近していたという。

 ならばその状況での悲鳴……余りにも酷い推測ではあるが……そう、『別の可能性』だって、考慮できるはずなのだ。

 その悲鳴が、驚愕と共に『恐怖』を内包していた可能性。


 サイファーは、まるでそれを思慮に入れようともしていない様に見える。

 思いつきすらしない。そんな様子だ。

 いくら考えたく無い様な可能性でも、多少は脳裏をよぎるはずなのに。

 サイファーには、そんな様子がまるで無い。本当に、一切。

 そういう想像を押し殺し、無理に希望を見据えている様な雰囲気では無いのだ。


 完全に、決め付けている。あの場にいた全員が、転移したはずだと。

 それ以外の可能性など、ありえないと。


 ……そこまで頑なに『別の可能性』を考える事すら拒む。


 クラコは、『ある1つの可能性だけを信じ込み、他を全く思慮しない』という状態を、知っている。

 それは、人間の脳に備わっている『とある防衛機能』が働いている状態の人間。


「サイファーさん……あなたは、もしかして……」






「ついに、私も初陣か」


 機士達が格納されているスペース。


 俺とムルシェ、そしてリウラさんはとある機体の前に立っていた。


「何かアギラとかマリアとかとは違う雰囲気だね」

「ああ、俺らの世界のロボットだからな」


 その機体は、グローリー。


 俺とリウラさんがこの世界に漂流する際に乗ってきた、人型ロボット兵器だ。

 だが、ここに流れ着いた頃とは大分風体が異なっている。


 スリムなそのボディには灰色の追加装甲が取り付けられ、良い感じのガタイに。

 追加のブーストスラスター等も仕込まれている。

 両肩には大きなキャノン砲が2門。ビーム砲らしい。

 アギラヴァーラ用に開発したものの、お蔵入りとなっていた代物なんだそうだ。


 機士のパーツでカスタムしたグローリー。

 その名も『グローリーナイト』だ。


「私達の世界から持ち込んだビームライフルなんぞ何の役にも立たん様だからな。アギラヴァーラ用のビーム兵器を色々と取り付けてもらった」

「色々?」

「ビーム式ピストル、それに刀身がビームを纏う事で大抵の物を溶断する事が出来るサーベルとか、だな」

「へぇ……」

「機士程の戦闘能力は無いが、サポート機としては充分仕事をこなせるだろう」


 前の世界ではエース級だったのに、こちらではあくまでサポート要員。

 俺だったら若干不貞腐れそうなモンだが、リウラさんにそんな様子は無い。


「ところで、君の乗っていたグローリーは解体される事になったそうだな」

「あ、はい」


 俺にはムルシェがいる。

 わざわざグローリーを改修して乗る事は無い。


 という訳で、グローリーは機士団によって解体、解析され、新兵器開発のための足がかりとなる事が決定した。

 一応アレは世界は違えど同じ人類が開発した機体だ。

 何かしらの助けになるだろう。


「しかし、この世界にはGMグレイトメタルは無いのだろう。どうにかなるのか?」

「さぁ……まぁ近い性質の物を探す、んじゃないすかね」


 GMは俺達の世界で開発された超特殊合金。それを使って造られたのがグローリーだ。

 鬼の装甲も大概不思議物質っぽいし、意外とどうにかなったりするのでは無いだろうか。


「うに? 何でほっぺ触るの?」

「いや、本当に、これが無機物とは信じられねぇよなぁ、と改めて」


 ムルシェのほっぺは普通の人間の様な柔肌、いや、むしろそれより柔らかい部類だろう。赤ん坊みたいにプニプニしている。

 これが無機物だと言う上に、あんなごっつい機械に変身するのだから、もう不思議で不思議で堪らない。


「サイファーのほっぺも柔らかいよ」

「そら人間だからな」

「本当、この世界は平和だな」


 互いのほっぺを摘み合う俺とムルシェを見て、リウラさんが笑う。


「良い世界だ。色々と元の世界に想う事はあるが、この世界の平和に貢献できる事を今は誇りに思うよ」

「リウラさん……」

「では、私はそろそろ行こう。グローリーを運搬機に乗せなければならない」

「確か、C級の鬼で、コタロウと一緒でしたっけ」

「ああ。……さて。今は私も、君と同様ただの一兵卒だ。気合を入れて働いて来るとしよう」

「頑張ってください」

「いってらっしゃーい」

「ああ。ありがとう」


 リウラさんの背中を見送り、俺はふと考える。


 ……これからどうしようか、と。

 いや、別に今後の人生とか、壮大な悩みでは無い。

 本当にすぐ目の前のこれからだ。


 する事が、無い。


 界層の勉強は……正直、あれ無理だ。

 全く何の事かわからんかった。徹夜して読み込んでもさっぱりだ。

 専門用語を多用し過ぎだ学者共め。

 しかも、その専門用語を調べると、その説明の中にも専門用語が出てくる拷問地味たマトリョーシカ状態。

 よくもまぁリウラさんはあんなんを読みふけられる物だ。

 さっきクラコから聞いた通り、仲間の捜索も進展無し。俺が首を突っ込む余地は無い。


 さて、となると知人とコミュニケーションを取るのが一番だが……

 コタロウとリウラさんは今から出撃。

 壁や天井はくまなく調べたがサヤカはいない。

 クラコは大体いつも忙しそうだし、そう簡単に声をかけていいモンでは無いだろう。


 そうだ、ムルシェがいるじゃな……


「ふぁぁあああ……眠いよサイファー。お昼寝しよう?」

「…………ああ、もうそれでいいや」





 ……と言っても、俺は昨日は割とがっつり睡眠を取っている訳だ。

 となると、お昼寝とか中々寝付けない訳だ。


 ベッドの上、もう熟睡状態のムルシェを羨ましく眺めながら、俺は溜息を吐く。


 やっぱ、何かしらしよう。

 新たな人脈を作るのも良いだろう。


 ムルシェを起こさない様にゆっくり静かにベッドから降りようとした……のだが……

 シャツの裾を、ぐわしっと小さな手で掴まれた。


「うに……さいふぁ? どこいくの……?」

「…………」


 この前コタロウに案内を頼んだ時もそうだが、こいつは俺の行動に敏感過ぎやしないか。

 俺から少しでも離れるのを嫌い、四六時中べったりとくっついている。


 ……まぁ、無理もない、か。


 こいつはまだ、生まれて2週間。

 家族も何もいない状況で生まれ落ち、初めて出会ったのは俺な訳だ。


 きっと、不安なんだろう。

 俺だってガキの頃、両親が少し家を留守にしただけで、わんわん泣いたりした。

 頼れる存在が傍にいない。

 それは子供に取って、とてもとても恐怖を覚える事だ。


「…………」


 仕方無ぇな、と溜息を付き、俺はそっとムルシェの頭を撫でる。


「大丈夫だ。少しフラフラっとしてくるだけだよ。すぐ戻る。そのまんまどっか行ったりなんざしねぇよ」

「……ほんと……?」

「ああ。だからゆっくり寝てて大丈夫だ」

「……うん、わかった」


 静かに、小さな指が外れていく。

 ムルシェの瞳が閉じ、また心地よさそうな寝息が聞こえ始める。


 本当、こいつが今まで数回戦った鬼と同類だなんて、信じられない。


「よいしょ、っと」


 ムルシェの平均お昼寝時間は3時間前後。

 んじゃ、少しだけ、本当に少しの間だけ、出かけるとしよう。

 帰りには、コンビニコーナーで何か塩味の効いた奴、買ってくるとするか。






 まぁ施設内を適当にうろつこうと思った訳だが、尿意を覚えたので、まずはトイレに向かう事にした。

 部屋出る前に行けば良かった……とか思いつつ、薬局コーナーのすぐ隣にある公衆用のトイレへ。


 7つの小便器が並ぶ広めの公衆トイレ。

 そのど真ん中にいる人物に、俺は一瞬だけギョッとした。

 知り合いでは無い。

 ただ、その人物の外見のインパクトに驚いた。


 腰まで伸びた輝かしい銀髪。純白のコート、ブーツ。首からはシルバー系のアクセサリ。

 綺麗に整ったその顔立ちには渋みも内包されている。身長もある。スレンダー過ぎずゴツ過ぎない、理想的な体格。

 婦人向け雑誌の表紙になれば、マダム達を一網打尽にしてしまいそうだ。

 多く見積もって30代手前くらい。ハンサムな、中年寄りの青年って感じか。


「おや、見ない顔だ。こんにちわ」

「あ、はぁ、どうも」


 小便器の前に堂々と立ち、用を足しながら、その男は挨拶をしてきた。

 こちらを見据えるブルーの瞳はどこまでも透き通っており、作り物の様な印象さえ覚える。


「……ああ、もしかして、君が、サイファー・ライラックかな」

「は、はい」

「どうしたんだい? 突っ立ってないでこっちに来なよ。君も用を足しに来たんだろう?」


 そう言って、男は自分の隣の小便器を指差す。


 断る訳にもいかず、俺は大人しくその指定された便器の前に立ち、チャックを下ろす。


「あ、あの、何で俺の名前を……」

「君は機士団の中ではちょっとした有名人だ。ムルシェ・ラーゴ……その存在と共にね」


 半世紀ぶりに現れた人間側に付く鬼。

 まぁ有名にもなるか。

 俺自身余り実感が無いのは、知られているのが名前だけ、だからだろう。


「…………」

「あ、あの、何か……?」


 不意に黙って、俺を見つめ始めた男。

 何か恐いんだが。


「……君は似ているな。50年前の僕に。その目も、その境遇も」

「ご、ごじゅっ……!?」

「何を驚いているんだい?」

「え、あ、いや、は、50……?」

「ああ。こう見えて僕は今年で67になる」

「う、嘘、ですよね?」


 んな訳あるか。

 25歳とかも充分有り得そうな外見だぞこの人。


「バレたか」


 ハハハ、と笑う男。

 やはり嘘か。そりゃ誰だってわか……


「僕は今年で70になる」


 そっちかよ。


「この年齢になっても、まだ色気を出してしまってね。3年くらいいいかな、とついサバを……」

「ま、待ってください。え、何? ガチなの? もう訂正ないの?」

「ああ。本当に70だ。もうサバは読んでいない。神に誓おう」


 サバを読んでいる方向への疑念では無いのだが。

 何だろうこの人。頭おかしいのかな。


「……君に、少し聞いてみたい事があるんだが、イイかな」

「え、あ、どうぞ……」


 年齢の話終わっちゃったよ。

 マジで70って事でいいのか? いや絶対ダメだと思うんだけど。


「簡単な質問だ、難しく考えず、思った通りに答えて欲しい」

「はい」


 っていうかこの人どんだけ尿出るんだ。

 後から来た俺の方が先に終わってしまった。

 でも何か話の腰を折ってしまいそうなので、用を足しているふりをしておく。


「君は、『自分達さえ良ければ良い』という考えを、どう思う?」

「!」

「例えば、隣の国が理不尽な戦禍に飲まれる中、それを無視して自国だけシェルター開発を進める。そんな指導者を、君はどう思う?」

「…………」


 ……想定外に生真面目な質問が飛んできてしまった。

 小便器の前で男2人が並んでする会話としてこれは適切なのか?


 ……一応、答えておこう。

 つい最近、似た様な事を考えたばかりだから。


「最低、だと思います」

「ほう」

「……でも、俺にその指導者を批難する資格は、無いです」


 ……俺も、その最低な考え方をした事が、あるからだ。

 きっと、人間誰しもが根底に「自分さえ良ければ」という考えがある。

 でも、世の中にはたくさんいるのだ。その考えを押さえ付けて、誰かの幸せを願える人が。

 だから、俺はこの考え方が、俺自身が最低だと思った。


「……そうか。やはり若いというのは良いな」

「え?」

「質問に付き合ってくれてありがとう。では、僕は行くよ」


 男はチャックを上げ、手洗い場の方へ。


「人は誰しも矛盾を抱える物だよ。最低だと思いつつも、それを捨てられずにいる。自己嫌悪しつつも甘んじてしまう事がある。よくある事さ」


 石鹸で丁寧に指の間まで洗いながら、男は笑う。


「若い内に、たくさん悩むといい。……歳を取ると、『利口な自分』に逆らえなくなるからね。最低だと思っていた存在に成り下がっても、その最低さを理屈でごまかす様になってしまう。自己嫌悪すら放棄する様になる」

「は、はぁ……」


 そういえば、俺はこの人の名前を聞いていない。

 しかし、それを聞く間も無く、男は出て行ってしまった。


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