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5,愉快なメイト達

「ごちそうさま!」


 煎餅を腹いっぱい食い漁り、少しサイズ大きめの子供服に身を包んだ少女が笑う。

 縮尺おかしい鬼少女、ムルシェだ。


 ムルシェは適当に口を拭うと、ベッドへと飛び込んだ。

 その重量故にベッドがへし折れるんじゃねぇかと思えるくらいたわんだが、どうにか持ちこたえた。


「おいしかった……ぷふぅ」


 ムルシェはベッドでごろごろ転がりながら、満足気に蝙蝠チックな耳をパタつかせている。


「……満足そうで何よりだ」


 手狭な1K。トイレ付き。風呂は銭湯的な大浴場があり、そこを共同で使う。

 それが、俺の…いや、俺達の今の住処だ。


 鬼狩り機士団(ハウンドナイツ)本部に併設された独身寮。

 俺らの世界の軍の独身寮よりやや狭目だが、まぁ男1人ガキ1人で暮らすには充分な広さである。


「いやぁ、この子があの蝙蝠ロボ……想像つかないねぇ」


 現在、室内には俺とムルシェ以外に、もう1人いる。


 コタロウ・ワシズ。

 あのアギラヴァーラのパイロットをしていた青年。

 俺と同い年か少し上くらいだろうか。

 本居はここの隣部屋。

 つまり俺のお隣さんなんだそうだ。


 今日は、挨拶も兼ねて昨日の件……俺とムルシェが割り込んでカエル鬼を倒した事について、わざわざ礼を言いに来たのだそうだ。


 そう、あの戦闘から、もう1日が経っている。


 あの後は、思っていた程面倒な事は無かった。

 クラコやコタロウは説明したらすぐ納得してくれた。

 リウラさんも「私の知らない所で色々あったのだな……」と蚊帳の外感を悲しんでいただけだった。


 それからこの本部に帰還した訳だが、それからも特にゴタゴタは無かった。

 普通に部屋紹介されて、ムルシェと一緒に普通に飯食って、普通に風呂入って、普通に寝て……

 余りにもムルシェに関して何も無いので、かなり拍子抜けしている。


「……うーん……」

「ん? どうしたんだ、サイ。俺に何か不満でもあるの?」

「いや、んな事は無いんだけど」


 早速俺を愛称で呼ぶ馴れ馴れしさ、嫌いでは無い。

 俺が腑に落ちていないのは、そこではないんだ。


「何か、あんたと言いクラコと言い、あっさりし過ぎてね?」


 一応、ムルシェは鬼だという事はほぼ間違い無いだろう。

 何故人の形をしているのかについては、「わからない」で終了。

 成分分析とやらをした結果、ムルシェは少女形態でも、人間に近い様に見えるだけで、その細胞はあくまで鬼と同じ「無機物」なのだという。

 卵から産まれたのも、「鬼の事はわかってない事の方が多いので、卵生生物である可能性は充分ありますね」とだけ。


「何か、簡単に信用し過ぎというか……」


 ムルシェは確かに協力を約束している。

 今後も要請があれば、俺と共に機士団の一員として戦ってくれると言った。

 俺はそれを疑うつもりは無いが…クラコ達はそう簡単に受け入れられるモンなのか?

 クラコやコタロウは、俺と違って何年も鬼と戦ってきたはずでは無いのか?


「まぁ、鬼が味方してくれたって話は半世紀前にも出てるし、現に昨日は助太刀してもらった訳だしねぇ」

「だとしてもさ……」

「それに、クラコちゃんも手は打ってあるよ」

「手?」


 クラコからは特に何もされていないが。


 コタロウは軽く周囲を見回し、天井を見て「あー、いたいた」とつぶやくと、俺の方に手を差し出して来た。


「棒、あるかな?」


 何に使うんだ? と思いつつ、俺は小さなベランダから物干し竿を回収し、コタロウに渡す。


 コタロウは物干し竿を受け取ると、


「そいっ」

「あだっ!?」


 天井を、一突き。

 すげぇクリティカルしたっぽい女性の呻き声。


 ドタン、と天井から降ってきたのは、天井のカラーリングに合わせた大きな布。

 それと、眼鏡をかけたこれまた俺と同年代くらいの女性。

 ……何か、忍者っぽいコスプレをしている。


「ひ、ひどいよコタロウ! サヤは今監視任務中なのに!」

「はいはい。サイのプライバシーのためにも、ね。同じ野郎として、思う事がある訳よ」

「別に男の自慰だの何だのはネットで貪り見てるから平気だもん」

「見られる方が平気じゃないって前々から言ってるよね」

「……ちょっと待て、色々おかしいだろ」


 どういう展開だこれは。

 そしてムルシェが静かになったと思ったら昼寝タイムに突入してやがる。

 どいつもこいつも俺を放って自分の世界を生きやがって。


「この子はサヤカ・チョウノ。俺らと同じく機士団所属。『マリアポッサ』のパイロットでもあるね」

「よろしくねサイファー。それと眠っちゃってるけどムルシェちゃんも」

「マリアポッサ?」

「私がよく乗る機士ナイトだよ。綺麗かつえげつないから。一緒に出撃するのを楽しみにしててね」


 綺麗とえげつないって同じ文の中に並んでいいのか。


「……で、何でそのサヤカさんが忍者の格好して、天井に張り付いてたんだよ……」

「この子は忍者の末裔らしくてね。こういう隠密諜報が得意なんだ」

「アンドウ副司令がね。1週間くらいムルシェちゃんを監視してって」

「そゆ事。信用しちゃいるが、一応探りは入れる。クラコちゃんは結構用心深い方だからねぇ」

「…………」


 危ねぇ……昨晩、もしサヤカの存在に気付かず、あんな事やこんな事してたら……


「ある程度監視して、ムルシェちゃんに特に問題が無けりゃ、こっちは純粋に戦力と仲間メイトが増えたって喜べる訳だ」

「だから、1週間舐めまわす様に見守るけど我慢してねサイファー」

「監視するのって俺じゃなくてムルシェだよな?」

「まぁまぁ気にしない。……あ、そうだ。サイファー。副司令の前では、上着脱がない方がイイよ」

「はぁ?」


 言われなくても、余程の事が無ければそんな事はしない。

 昔はちょっと露出癖があったせいで、腹筋を晒し過ぎて「腹筋お化け」なんて呼ばれていたが。

 俺だって歳を経て少しは大人らしい落ち着きを得ている。


「サイファー、良い腹筋してたからさ」


 どうやら昨晩、着替える所でも覗かれたらしい。

 でも、何故ここで腹筋の話が出てくるんだ。


「下手すると無理矢理『されて』トラウマ物になっちゃうかもねぇ」

「されるって……」


 何の話だよ、と俺はコタロウに視線を向けるが、コタロウも意味がわかっていない様子。

 コタロウも知らない何かを、サヤカは知っているらしい。


「ま、とにかく。世の中には色んな趣味の人がいるって事」


 意味深な言葉を残し、サヤカは大布を拾い上げると一気に跳躍。

 おお、と思わず感心してしまうジャンプ力で天井に張り付き、その布で体を隠した。


 すごいスキルだ。

 ただし、そこにいるとわかってしまえば、天井と布の質感の違いが一目瞭然だが。


「ま、あれだ。この組織は変わり者だらけだが、悪い奴はいない。そこんとこだけはわかっといてくれ、サイ」

「おう」


 変わり者だらけって事は、まだまだいるのか、変な奴が。





 コタロウはこれから特に予定が無いとの事なので、俺はこの本部内を軽く案内してもらう事にした。


「私まだ眠いよ……」


 廊下を歩く俺とコタロウに続き、パタパタと羽を振るってムルシェが付いて来る。

 欠伸連発してるわ目をこすりっぱなしだわで本当に眠そうだ。


 ムルシェは寝かしたまま行こうと思ったのだが、

 俺が部屋を出ようとした途端、それを察知した様に飛び起きて、「私も行く」と付いて来たのだ。


「別に寝てても良かったんだぞ?」

「……1人はヤなの」


 ガキかよ……ってガキか。

 流暢に喋るわ外見がそこそこ成長しているわで忘れかけていたが、ムルシェはまだ生後1日だ。


「ん?」


 ふと、廊下で知っている顔と出会った。


「リウラさん」

「おお、サイか。それと、アギラヴァーラのパイロットと、ムルシェ、だったな」

「どうも」

「あ、昨日サイファーと同じ服着てた人だ」


 褐色肌の麗人。俺が元いた世界からの上司、リウラさんだ。

 その手には、何冊かの分厚い本。


「どうしたんすか、その本」

「界層に関する資料だ。まずは基礎知識を付けようと思ってな」


 昨日言っていた「元いた世界とこちらの世界を行き来する術を探す」ため、か。

 自分でも到底できるとは思えないよ的な事を言っていたが、やはりやる気満々の様だ。


「ちなみに、どこから?」

「この施設内を散策していたら、図書室を見つけたのでな。早速利用させてもらった」


 本当アクティブだなこの人。

 未知の場所を散策し過ぎだろう。


「私達と共に飛ばされた者がいないか、は、クラコさんが世界中から情報を集めてくれている。私に出来る事は、知識を付けておく事だ」

「…………」

「ああ、気にするな、これは私が好き好んでやっている事だ。君が何らかの義務感を覚える事は無い」


 本当、この人は俺の考えをよく見透かしてくる。

 中佐と言えば部下を従える側の人間。人心はそれなりに熟知しているのだろう。


「君は君で、君の思うままに今を生きなさい」

「……はい」


 そうは言われても、多少は気にしてしまう。

 だって、他人事では無いのだから。

 リウラさんが何かしようと模索する中、俺だけのほほんとしてはいられない。

 何の前進にもならないかも知れないが、俺も後で図書室に行ってみよう。


「ところで、君たちは何を?」

「サイに施設内の案内を。あなたも一緒にどうですか?」

「この施設内ならもう粗方周り切った。大丈夫だ。……そうだな、今度、外部を案内してくれると助かる」

「喜んで」

「では、またな」


 そう言って、リウラさんは寮の方へと向かって行った。


「いいなぁ、サイ。あんな美人さんの下で働いてたなんて」

「いや、俺ここに来るまであの人と一切関わり無かったけどな」

「お、じゃあ俺がロックオンしちゃっても良い感じかな?」


 好きにすれば良いと思う。

 リウラさんはすごいと思うし、憧れるが、何かこう、雲の上の人感がある。

 多分、俺がこの先リウラさんに恋愛感情を向ける展開は、ほぼ有り得ないと思う。


「外部の案内っていうデートの口実もバッチリだしねぇ。こりゃラッキーだ」

「そら良かったな」

「……サイファー、私お腹空いた」


 ……ついさっき煎餅をたらふく食ったばかりでは無かったか。


「じゃ、昼飯にはちょっと早いが、食堂行くかい?」

「行く!」

「へいへい」





 一斉に300人近くが食事を取れる程の大きな空間。

 機士団の食堂だ。

 昼時前とあって、食堂の人影はまばらだった。


 そんな時間に食う訳だから、これから夜まで持たせる事を考慮した方が良いだろう。

 食券発行機で適当に腹持ちしそうな物を探す。


 パンよりは米の方が消化が遅い。卵などタンパク質の多い物も同様。ジャガイモもエネルギー量が豊富。

 それらを考慮していると、色々満たしてそうな『親子丼にカレーぶっかけてみたぜ定食』なる物を発見した。


「私これが良い」


 ムルシェが指したのは『ブルブックンの超絶塩煮』。

 ……ブルブックンって何だ。絶対こいつ『塩煮』ってワードだけで選んでるぞ。

 まぁ本人が望むのなら何も言うまい。


「おっと、ここは俺が先輩らしさを披露するよ」


 そう言ってコタロウが取り出したのは、1枚のカード。

 コンビニのポイントカードっぽいが、そんな次元のモンでは無い。


 俺もクラコからもらっている。

 これは機士団所属の者に配られる、まぁクレジットカードの様な物だ。


 機士団施設内での買い物等は、これを使えば自動的にその買い物額の半分が翌月の給料から引かれる、という仕組みなんだそうだ。

 ただでさえ安めの設定(らしい)施設内でのお買い物なのに、更にその半額を機士団が負担してくれるという、中々素晴らしい物だ。

 今の所この世界の通貨を一銭も持っていない俺やリウラさんに取っても、とても有難いシステムである。


「じゃ、サヤにもご馳走して!」


 天井の一部がピラっとめくれ、サヤカが顔を出す。

 ……部屋の外でもそれなのか。

 というか今まで気付かなかった。


「断る。大体、年齢は下でも、お前は俺よりも先輩じゃないか」

「ケチ。そんなんだからオオタロウじゃなくてコタロウなんだよ」

「名前と金銭管理観は関係ないよ!」


 サヤカと言い争いながらもコタロウは食券を購入。

 彼が支払いを終えた親子丼にカレーを(以下略)の食券を受け取り、俺とムルシェは軽く礼を言って、カウンターへと向かう。


 コタロウとサヤカの活発な口論を聞いていると、何となく笑顔になってしまう。

 昨日まで俺がいた世界では、久しく聞けていなかった、安穏とした口喧嘩。

 それを聞けるのが、何となく嬉しく思えるのだ。


「……平和だな」

「何か言った?」

「ああ。ちょっと前まで、間違っても言えなかった様なセリフをな」


 鬼の処理は、意外と簡単に済む。

 色んな人から話を聞く感じ、オオスズメバチの巣を駆除する、くらいの危険度感覚の様だ。

 たまに生命の危険があるよ、程度の感覚。


 紛争や戦争も無い様だし、鬼以外の脅威も無い。

 平和と言わずして、何と言えようか。


 最初から、こちらの世界に生まれたかった。

 そう思ってしまうくらいだ。


「俺の思うままに生きろ、か」


 リウラさんの言葉を思い返す。


 俺が望むとすれば、この世界の平和がいつまでも続く事。

 それと、セリナに早く会える事、だろう。


「…………」

「ん? どうしたのサイファー?」

「……いや、何でもねぇよ」


 ……少し、予想はしていたが、やはり来たか。


 頭痛、だ。

 今まで何度も、俺の頭を襲った、突発的かつ瞬間的な頭痛。

 それはいつも決まって、セリナの事を考えた時に発生する。


 本当に、何なんだ一体。

 しかも妙な事に、俺はこの頭痛にとても苛立ちを感じている。

 自分で言うのもなんだが、普段の俺は、頭痛如きでこんなにも心が荒れる事は無い。


 この頭痛は、一体何を意味しているのだろうか。







「ホハ」


 大地も、海も、全てが死と瓦礫に覆われた世界。


 空すら鉛に包まれ、その光景はまさに「終焉」と呼ぶに相応しい物だった。

 そんな世界で、化物と化物が、殺し合う。

 4手の巨獣達、『界獣』が、手当たり次第に同類すらも破壊しているのだ。


 その様を、赤と白のストライプが走るハットをかぶったパジャマ姿の男が眺めていた。


「ついに始まりましたか、『進化』が。久方ぶりですねぇ」


 男は笑う。


「次は、どんな形態を見せてくれるのでしょう……」


 待ちに待っていたビッグイベントが翌日に迫っている、そんなワクワク感全開の笑顔。


「さぁ、早く決してください、『殺戮神バイラヴァの子達』よ」


 咆哮が幾重にも重なる。

 界獣の鮮血が、瓦礫の街に彩りを加えて行く。


「より『殺戮神バイラヴァ』に近づいた遺伝子を持って、私は『次の界層』を目指すのです」


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