エピローグ
「割と立派にできたんじゃねぇかな」
「うん」
俺とムルシェは、海が見下ろせる小高い丘にいた。
そこに、俺達は小さな墓を建てた。
墓、というよりも、俺の世界の人々を弔う石碑だ。
材料の切り出しなんかは業者にやってもらったが、組立だけは自分の手で、どうしてもやっておきたかった。
心の中で、ケリを着けるためだ。
いきなり完成した墓だけ見たって、大切な人の死を受け入れるのは難しい。
親父達の時が、そうだった。
親父もお袋も兄貴も界獣がぶっ壊したビルの中にいて、死んでしまった。
俺はその一報を受けた物の、界獣がぶっ壊した街の復旧作業に駆り出され、何もしてやれなかった。
ようやく暇ができたかと思えば、掘り出された死体はもう火葬を終えて墓の中。
ライラックと刻まれただけの無機質な御影石の塊を見て、はいそうですかと家族の死を受け入れられると思うか。
実家に帰って遺品整理をしていく内に、俺は少しずつ、喪失感を覚えたんだ。
ゆっくりゆっくり心に穴が空いていって、……あの時も、いつの間にか泣いていた。
でも、それから界獣の出現が激化し、悲しみに浸る暇は無かった。
……今回も、俺はゆっくりゆっくり悲しみに浸るつもりは無い。
ムルシェがいるんだ。
この子の前で、いつまでも落ち込んでいられる物か。
だから、さっさとケリを着けたかった。
忘れる事はできなくとも、早急に日常生活に支障を来さないくらいになれるよう、この事実を受け止めようと思った。
「…………」
「サイファー、大丈夫? また隈が濃ゆくなってるよ?」
「ああ。ちゃんと寝てるはずなんだけどな……」
そういうメイクなんじゃないか、と自分でも思うくらい、俺の目の下には黒い半月が浮かんでいる。
……そういえば、コタロウも「サイ、なんかあの一件から雰囲気変わったな」とか言ってたっけ。
まぁ、確かに変わってしまった物もあるだろう。
俺自身には、わからない部分で。
大事なモノを失った。…いや、正確には、失っていた事を知った。
それも、精神的な支柱と呼べる様な、大きすぎる存在。
何も変わらない方が、どうかしてる。
「……ムルシェ。ちょっと、先に帰っててくれ。俺は、少しここに残りたい」
「うん、わかった」
……きっと、色々察してくれているんだろう。
ムルシェはあっさりと了承し、俺から離れていった。
「…………約束破らねぇのだけが、テメェの取り柄だったじゃねぇかよ、馬鹿パイナップル」
パイナップル言うな! とプンスカと怒るあの声は、もう聞こえない。
「最後の最後で、2つも一気に破りやがって……」
景色が、滲む。
風が寒い。
特に、頬に当たる風は一段と冷たく感じられた。
「…………」
大切なモノは、失って始めてその大きさがわかる。
ありきたりな言葉だ。
ああ、充分にわかったよ。
だから、もう勘弁してくれないか。
ずっと、頭が痛いんだ。ずっと、胸の奥が苦しいんだ。
夜も、まともに眠れないくらい。
それでも無理矢理に眠ろうと瞼を閉じると、フラッシュバックが始まる。
俺を男としてちゃんと認識してるのか?
そう聞きたくなるくらい、俺に心を許してくれていたあいつとの、楽しい日々が。
「……お前、知らないだろ。俺、結構お前の事、女として意識してたんだぞ」
そういえば高校生の時、ツルんでた悪友にけしかけられて、あいつに告白ドッキリを仕掛けた事があったっけ。
あの時、結局お前はそのドッキリの前情報を入手して、悪友を即座にシバいて計画は頓挫したな。
……もし、何も知らないで俺に告白されてたら、お前はどう答えてくれたんだろう。
その答えを、都合の良い様に想像してしまうのは、勝手だろうか。
「……馬鹿野郎……」
何で、家族が死んだ時よりも、ずっとずっと胸が苦しいんだろう。
きっと、家族より大切な人だったんだ。
多分、自分よりも大切な人だったんだ。
「……やっぱ、無理だわ、チクショウ……!」
復讐を果たせば、ケリを着けれると思ってた。
墓を作れば、受け入れられると思ってた。
でも、無理だ。
どうすれば、俺は日常に戻れる?
どうすれば、お前の死を受け入れて、普通に生きていける様になる?
答えが出ない。
答えなんて、無いのかも知れない。
家族の時みたいに、時が経てば忘れられるのだろうか。この痛みは、治まるのだろうか。
できれば、そうであって欲しい。
でも、何故だろう。
……俺はもう、2度と笑えないのかも知れない。
そんな気が、するのだ。
それくらい、あいつは大切な存在だった、という事だろう。
そうだとしても、俺はまだ、生きている。
作り笑いだとしても、笑って、ムルシェを安心させてやらなきゃならない。
だってムルシェは、大切な存在だ。不安になんて、させたくない。
いつか、あいつと一緒になれるその日まで、俺は今残っている大切なモノを守りながら、生きていかなきゃいけないんだ。
もう、こんな想いをするのは御免だから。
「……セリナ……」
例え無理だとしても、俺は前を向いて生きてゆく努力をする。そう、決めた。
立ち止まり、過去を嘆くのは、これが最後だ。
俺は、静かに石碑の前にうずくまった。
そして、声を殺すのも忘れて、全てをブチまけた。
世界を呪う、運命を憎む。
それでも世界を生き、運命を歩む。
またあいつに会えるその日まで、俺は、笑って生きていく。
そのために、今はただひたすらに吠えよう。
もう、俺は2度と泣かない。
苦しくとも、笑い続ける。
新たな、大切な存在のために。
これにてサイファーの物語は終了です。
ご愛読、ありがとうござました。




