おはよう? 1
ゆらり、ゆらり。
まるで水の中を漂っているような、不思議な感覚。
なまぬるい、ぬるま湯に浸かっているような、心地好い温かさ。
ずっとここにいたいと思ってしまうくらい、ひどく優しい場所。
あぁ、何もかも忘れて眠ってしまいたい。
誰にも邪魔されず、このままこの場所で。
全てのものを放り出して、楽になるのもいいかな、なんて。
でも、それだったら何も変わらない。
今の現状に甘んじて、逃げるだけなんて。
誰も救えない。
私は、何も出来ない。いや、何もしようとしていなかった。
自分が作った殻に閉じこもって、耳を塞いでいただけ。
結局、自分に都合のいいことだけ聞いて、悪いことは聞き流した。
それじゃあ、父と、国王と、知っていても何もしない、あいつ等と同じじゃないか。
だめだ。
立ち止まったままじゃ、駄目なんだ。
これ以上悲劇が繰り返される前に、終わらせないと。
母様が今までしていたことが、全て無駄になってしまう。
必死に、国が少しでも良くなるように、ずっと力を尽くしていたんだ。
王族の中では疎まれる存在だった。
地位だって、一番低かった。
それでも、たった一人でも、投げ出さずに頑張ってきたんだ。
何か特別な能力を持っているわけじゃない。特別頭がいいわけでも、魔術が得意なわけでもなかった。
どこにでも居るような、そんな存在だと、言っていた。
だからこそ、人と同じ目線に立って考えることが出来るんだと、誇らしげに話していた。
これは、私だけが持っている特別だと。
その努力は少しずつだけど、実ってきたんだ。
母様を信じて付いてきてくれる人が、現れたんだ。
その努力を、消してはいけない。
こんなところで、消えてしまってはいけないんだ!
私は、母様のように、出来るとは思わない。
それでも、何か出来ることがあるはずなんだ。
変えることが、出来る。
全ての人々が素晴らしいと、思うような国に。
悲劇は、私が終わらせる。
沈んでいた身体が、何かによって引っ張られ、光の中に飛び込んだ。
微かに、音が聞こえてくる。
「……、ということ…けど……」
「だから、……は…って……だろ?」
「…は………を代わりに…」
「誰が……危険な……!!」
小さかった声のような音が次第に大きくなっていく。
重たい瞼をゆっくりと開く。
すると、視界は光で溢れた。
あまりの眩しさにたまらず目を細める。
チカ、チカと、光だけの世界に一人、誰かの姿が見えた。
白い中に唯一の、色。
深海のように暗い、深い青。その色には見覚えがあった。
一番最後に見た、人。
意識が途切れる直前に見た、あの青年だ。
「な……んで…?」
出した声は酷く掠れていた。
まるで、風邪をひいていたのかと思うほどだ。
「だからそれは!!……ん?」
「俺はやらないって言ってるだろ!!」
「ちょっと落ち着け、リオン」
「いや、落ち着いてるって!」
目が光に慣れてきて、ハッキリと周りの様子を見ることが出来た。
いるのは青年一人だけかと思っていたが、もう一人、エルフの男がいた。
あの青年とは違う、淡い黄緑色の髪をしている。
「なんなんだよ、急、に……!?」
こちらを振り向いた青年と目が合う。
驚いたのか目が見開かれる。
「え、と。おはよう?」
「おはよう、ございます」
目を細めて、青年はそう言った。
その表情はどことなく、誰かに似ているような気がした。