突然の訪問者
「おい、クロードいるか!?」
ノックもせずに言葉だけかけて扉を勢いよく開ける。
結構な音を立てて扉は開いた。そのまま俺は少年を抱きかかえたまま家の中を歩き出す。
「いったいどうしたんだい?そんな焦って……っ!?」
丁度目の前にある部屋の扉が開いた。
この家の主である、俺の知り合いというか腐れ縁といえばいいのか……。
魔術に関しての腕なら一番であろうクロードがいた。
まぁ、そんなこと今はどうでもいい。
「ちょっとこいつの傷を治してやってくれ」
「君は一体この子どもに何をしたんだ!?」
「俺は何もしてない。むしろ巻き込まれたって言うほうが正しい」
「ほんと、どんなことをしたら流血沙汰の事件に巻き込まれるって言うんだ!!」
なぜ俺がクロードの中で犯罪者みたいになってんだ。
もしそうだとしたら、わざわざこんな怪我人連れて看病しようなんて思わないだろ。
慌ただしく、本や実験で使ったのであろう魔石が散らばったままの部屋に埋もれていたベッドを片付けていた。
俺は何も出来ることが無いので邪魔にならないように、部屋の隅に移動する。
このときにもなるべく少年に負担をかけないようにゆっくりと動くようにする。
「悪い、もう少しだけ我慢してくれ。すぐに準備が出来るから」
「……っ」
こくりと頷くと,、痛みに耐えるように肩をつかむ力が少し強くなった。
痛み止めの効果が切れかかっているのか、少年の息が荒くなっていく。
こんなときに治療魔術が使えたらと思う。
俺には炎と闇の二つしか適正がないから治療魔術を使うことが出来ない。風か水のどちらかの適正があれば……。
せめてクロードのように俺も魔力が多ければ、少年をもっと速く治療出来たのにと思ってしまう。
俺自身には、普通のエルフたちの半分ほどの魔力しかない。
こんなことならもっと早くから魔術の練習をしておけばよかった。
「リオン、その子をこっちに」
「わかった」
いつの間にか準備を終えたクロードは、いつもは見せないような真剣な顔をしていた。
それだけ少年の傷が酷いと伝えているようで、今更ながら少年を支えている手が緊張で少し強張る。
出来る限り慎重に、少年に負担がかからないようにベッドにおろす。
「う……っ」
少しの刺激でも痛いのか、少年の苦しげな声が聞こえた。
申し訳なく思いながら、俺の肩をつかんだままの手を素早く、かつ慎重に離す。
「流石に僕でも、ここまでの傷を治せるような治療魔術は使えない。
出来ても精々中級までだ」
喋りながらも少年に治癒魔術を施していく。
怪我を治すにはまず、治癒魔術をかけて本人の自己治癒力を高めさせてから行うことがほとんどだ。
それから治療魔術に移る。そうしないと身体にかかる負担が大きくなってしまう。
ここまでクロードが出来ない、とハッキリ言うときは本当に危ないときだけ。
その言葉に、無意識で手に込める力が強くなった。
「だからリオン、君がこの子を治してくれ。
幸いなことにまだ使っていない光の魔石がある。君なら出来るだろう?」
「……ルーチェ」
本当ならば、あまりこの手は使いたくなかった。
別に、少年になにか負担になることがあるわけではない。
どちらかというと、俺個人があまり‘魔法’を使いたくないというだけなのだから。
クロードから渡された魔石を手に取り、俺は契約している光の精霊「ルーチェ」を呼ぶ。
『何かお困りですか?主様』
そう言って現れたのは、十二歳くらいの美少女だ。
腰まで伸びた光を受けて輝く黄金色の髪、まるで水に反射したような淡い光のような瞳。
誰もが振り返る、そんな美貌を持った少女だ。
これは見た目だけで実際の年齢は千を余裕で超えていたりする。
「少年の傷を治してやってくれ」
『わかりました。褒美、くれるんですよね?』
「……あぁ」
『フフ、語質は取りましたからね?』
にっこりと微笑むとルーチェは呪文を唱えだした。
『我、光を導くもの。命の光を導くもの。全ての光は命に集い、輝かせるもの。
消え行く光を導き、還すもの。
光は廻り、輝きを灯し、消え行く命を助けるだろう』
『主の御手より降り出でて、貴方に永遠の祝福を』
そうルーチェが唱えると、あれだけ酷かった傷がみるみると消えてゆく。
その光景にクロードは目を見開いていた。
「まさか、本当に一瞬で治るなんて……!」
「そのかわり、魔力をごっそり持ってかれるけどな」
初めて‘魔法’を見たわけでもないのにクロードは感動したように呟いた。
その反面、俺は言い表せない、なんとも言えない感覚に耐えていた。
魔力が抜けていくこの感覚にはいつまで経っても慣れない。
一瞬にして自分の持っている魔力を限界近くまで持っていかれるというのは、何とも形容しがたい脱力感に襲われる。
『主様』
「あぁ、わかってるって。ほら」
『ありがとうございます』
魔石を受け取ったルーチェは優雅に一礼をすると空気に溶けるように消えていった。
ふ、と小さく息を吐き出して緊張していた体の力を抜いた。
「これで、山は越えたかな」
「……うん。暫くは安静にしていなきゃだめだけどね」
傷が治った少年は痛みから解放されて、張り詰めた緊張から解かれたせいなのか、小さな寝息を立てて眠っていた。
あれだけ長いこと痛みと戦い続けていたんだから当然のことかもしれないけど。
「流石に、この服のままは可哀想だよな」
「あー……、妹の小さかった頃の昔の服がまだあったはず。
ちょっと探してくるね」
「おー、頼んだ」
改めて見てみると、攻撃を受けた背中の部分の服が見事に焼き焦げていた。
それほどの攻撃を受けてよく、十歳ほどの子どもが今まで意識を保っていられたものだ。
何か特別な訓練を受けたのでもない、満足に魔術すら使いこなすことができない子どもに対してよくこんなことが出来るな。
本来なら、まだ親と一緒にいてもいいはずの年齢だ。
それなのに誰も、助けないなんて。
あどけない、幼さの残る少年の寝顔は、何だか泣いているように見えた。
少年を起こさないように、そっと毛布をかける。
せめて眠っている間は、あんな怖いことを思い出さないように。
そう願いながら頭を撫でた。
「もう、大丈夫だ。
これからは、俺がお前を守ってやる」
そう言うと、ほんの少しだけ少年の顔が和らいだ気がした。
余談だが、少年に着せるための服を探しに行ったクロードは物置をぐちゃぐちゃにした挙句、何も見つけられずに部屋に戻ってきた。
その家の凄惨な様子に、帰ってきた妹、クレアちゃんは兄クロードに対して、それはそれは綺麗な膝蹴りを喰らわせていた。
結局、少年用の服はクレアちゃんによって無事に見つけられた。