出会いは路地裏で 1
俺は侍。今はとある事情により暗殺者から逃げていたりする。
どうして逃げているかって?
それは、殺されそうなエルフの王子様を助けたからですよ。
なんで対立しているはずの敵であるエルフを助けたかって?
ここは侍の住む「和の国」じゃない。「魔の国」だからだよ。
それならどうして侍である俺がいるのかって?
旅をするならやっぱり和の国より魔の国だろ。
……なんていうくだらない理由だったりする。
まぁ、そんなこんなで俺は魔の国の中心である「クライシス王国」に来ていた。
魔の国【クライシス王国】にて
「ここが魔の国、クライシス王国か……」
目の前に広がっていたのは石で造られた大きな城だった。
今で言うと中世ヨーロッパぐらいの街並みだと思ってくれればいい。
それよりも少し遅れた文明程度のものだろう。
道はただ土を固めて作っただけの簡単なもので、歩く度に砂ぼこりが舞っていて周りがボヤけて見える。
……思っていたよりもみすぼらしく見えた。
「魔術が発展しているんだから、もっと高度な文明が栄えているんだと思ったんだけどな……」
なんだか期待しすぎていたようだった。
「ま、気を取り直して行きますか!」
期待していたものと全然違っていた訳ではない。
和の国と比べると建築技術は木を使ったものより石を使ったものの方が多い。
それは木を使うよりも手っ取り早く材料が手に入る証拠だろう。
木は育つのに時間がかかるし、加工するのにも専門の技術や知識が必要になってくる。
それに比べて石は固く加工することが難しく木を加工するよりも何倍もの時間が必要になってくる。
……これは人の手で全て行うことになったことの場合というだけで、魔術を使うとあっという間にできてしまう。
魔術は万能という訳ではないが、固いものを削ったりする作業ではものすごい力を発揮する。
しかし、木などの柔らかい、湿気などに左右されるものは逆に加工しずらかったりする。ということもあり、和の国と魔の国はまた違った街並みに出来上がった。
「やっぱり、石の方が頑丈そうでいいよな」
見るからに頑丈そうで少しの台風や嵐では、びくともしないよう見える。
「個人的には木も趣があって好きだけどな」
なんて誰も聞いていないのに一人で呟きながら街を回っていた。
しばらく街の中を歩いていると同じ場所をぐるぐると回っていることに気がついた。
……俺、迷ってね?
「いや、まさかなぁ……はは、は……」
和の国と違って裏道など、細い道がいくつもあって方向感覚が狂っているんだろう。
何度行く道を変えてもいつの間にか同じ道に出てしまっていた。
「これは不味い」
恥を忍んで誰かに道を聞いたほうがいいのだろうが……。
運が悪いのか周りには、いかにも裏の世界に足突っ込んでますよーって感じの人しかいない。
どうしてこんな裏道に迷い込んでしまったんだ。
なるべく動揺している様子を見せないよう、ゆったりと俺は歩いていた。
……傍から見れば十分怪しいんだろうけどな。
都合よく心優しいお姉さんとか歩いてこないかな……。
なんてことを考えながらまだ行っていない道を探しながら歩き始めた所で後ろから誰かが背中に突っ込んできた。
「いっ!?」
「っうわぁ!?」
普通に隣を通りすぎると思っていたということもあって、油断しきっていた。
結構な痛みが背中に走った。
少しよろけつつも転ばずにはすんだ。
ぶつかってきた相手は勢いよく転んでいた。
「あー、大丈夫ですか?」
転んでしまった相手は余程急いでいたのか、派手に頭をぶつけて悶えていた。
……なんだかこっちのほうが悪いことをしてしまった気がしてならなかった。
「だ、大丈夫です……」
転んだ弾みで被っていたフードが脱げて顔が露になったのだろう。
よく見るとぶつかったのはエルフの少年だった、それもとても綺麗な顔立ちをした。
ぱっと見は少女にも見えるような華奢な体に大きな目。透き通った鈴のような声。
格好もよくよく見てみれば、貴族が着ているような質のいいものだった。
こんな、薄汚い裏路地には似合わないような。
「どうぞ、立てるかい?」
「あ、ありがとうございます」
手を差し出すと一瞬驚いたように目を軽く見開いたあと、少年は素直に手につかまった。
立ち上がった少年はきょろきょろと辺りを見回して安堵したように小さく息をついた。
「ぶつかってしまってすみません」
申し訳なさそうに謝られてしまえば怒る気も起こらないというか、もともとぶつかった少年のほうが痛い思いをしているのだから謝られると逆に申し訳ないというか……。
「いいよ、気にしないで。こっちもぼーっとしてたしね」
「すみません、ありがとうございます」
ちゃんとお礼が出来る子って案外少ないよなー、特に貴族とか位が高いとこの子どもって結構甘やかされてて自分より下の身分の人に謝るってことをしないし。
もちろん、ちゃんと出来る子もいるけどこれが少ないんだ。
そう考えるとこの少年はちゃんとした教育を受けているんだな。
なんてことを思いながら少年に話しかけた。
「ずいぶんと焦っていたようだったけど、どうしたんだい?」
「そ、それは……」
明らかに焦ったように世話しなく辺りを見渡してどうしよう、なんて答えれば良いんだろうと考えているようだった。
やっぱり少年も迷子なんだろうか?
位が高いと道を尋ねることも恥ずかしいのだろうか。
まぁ、それは俺も一緒なんだけどな!
「道に迷ったとか?」
「それはありえません」
ちょっと期待を込めて質問してみたらバッサリと切り捨てられた。
そうか、俺は十歳くらいの少年にも負けたのか……。
周りからはわからない程度に結構凹んだ。
どうして子どもでも迷わない街を俺は何時間も迷っているんだ。北国じゃ迷ったことなんてなかったのにな……。
「あの、急いでいるので僕はこれで」
「あ、あぁ」
一人自己嫌悪に浸っていると目の前にいた少年はぺこりと頭を下げて走り去っていった。
……なにか大事な用事でもあるのだろうか?
「てか、あの少年に道聞けば大通りに出られたんじゃね?」
気づいたのは少年が完全に見えなくなってからだった。
少年が走って行った道を辿って行けば大通りに出られるのかもしれない。
これでまた変な裏路地に出たらさすがに泣きたくなる……。
というか子どもの後について行くってなんか情けないような気がして余計行きにくい。
変な見栄なんて張っていないでとっとと追いかけたほうがいいんだろうな。
「うん。ここは恥を捨ててあの少年に道を聞こう!」
人間諦めは肝心だと改めてわかったよ。
このままだと本当にヤバイ。今日のうちに宿を取らないと野宿になる。
折角目の前に街があるのにわざわざ野宿なんて誰もしたくないだろう。
そうと決まれば急いであの少年を見つけ出さないと。野宿というかこの裏路地からすら出られないし。
なんで魔の国はこんな入り組んだ道をわざわざ作ったんだよ。パリみたいにもっとわかりやすい綺麗に並んだ道を作ればいいじゃないか。
「……今思ったけどどの道に行ったんだ、これは」
少年が通った道は少し進むと三つに分かれていた。
どうして三つに分かれる必要があるんだよ。一本道でいいじゃないか。
俺に対するいじめか!?
本格的に困ったぞ。やっぱり今日はこの裏路地で一夜を明かすことになるのだろうか……。
あの少年がこっちに戻って来る、なんてことが起きればなんとかなるのかもしれないけど。
「そんな都合の良い事なんて起こんないだろうしなー……」




