彼の提案 1
「はい、どうぞ」
「ありがとう、ございます」
起きたばかりの少年に水を渡す。声が掠れていて喋りずらそうだ。
力があまり入らないのか、酷くゆっくりとした動作でコップを受け取る。
クロードはクレアちゃんに少年が起きたことを伝えるためにこの部屋にはいない。
「………」
何を話せばいいのか、というか、話しかけても大丈夫なのか?
そんな考えがぐるぐると頭の中を回っている。
何か話さなきゃ、とは思いつつなにも思いつかない。
特にすることもないので、少年にばれないように見つめてみた。
少年は少し苦しそうだが、ゆっくりと水を飲んでいる。
やっぱり、まだどこか意識がここにあらず、といった感じだ。
あれだけの大怪我を負っていたのだから当然なのかもしれないけれど。
そのままじーっ、と見つめていると、少年と目があった。
「え、と。具合はどうかな?」
「大丈夫、です。少し喋り、にくいだけです」
「そうか」
受け答えがちゃんと出来ている。うん、よかった。
これで記憶喪失、とかだったら洒落にならないからね。
……内心はひどく安心したってのが本音だけど。トラウマにでもなって、人を信じられなくなるのは辛いだろうから。
「じゃあ、少し質問してもいいかな?」
「何を、ですか?」
こっちを探るような目で少年は問いかける。やっぱり警戒されちゃうかー……。
しょうがないといえば、そうなんだけど。
「んー、それじゃあ、まずは自己紹介からいきますか」
「え?」
この場の空気を変えるためにわざと軽い口調で話し始める。
「俺の名前はリオン。今は家を出て世界を旅して回っている」
「好きなことは料理をすること!似合わないとか思ってるかもしれないけど、これでも結構腕前は上のほうだと思うぞ?」
「はぁ」
「嫌い、というか苦手なことは一箇所に留まること。それも理由で旅をしているんだ」
「あ、名前はすきに呼んでいいからな!」
「は、はい」
とりあえず、本当のことは濁しつつ自分のことを話す。
少年は驚いたのか、気が抜けたのか、曖昧に相槌を打っていた。
まぁ、こんなもんでいいだろう。
「さて、俺の自己紹介はこれくらいにして、少年のことも教えてくれないか?」
「…………」
「やっぱり、言い難いよな」
少年は黙り込んでしまった。
「どうして追われていたのか」なんて直球で聞かなくて良かったと思った。
そりゃ言い難いよな、王子とか呼ばれてたし。
うーん、俺はあまり魔の国について詳しくないからな……。
クロードなら知ってるのかもしれないけど。
「じゃあ、こうしようか」
いつもと変わらないように、自然に、それが当たり前であるかのように。
俺は少年にある提案を話した。
それは俺にとっての最善なのか、少年にとっての最悪なのか。
何があるかなんて考えていなかったのかもしれない。ただこれは、希望だったのかもしれない。
俺が、‘自分’を見失わないために、少年を利用するんだ。
だから俺は何でも受け入れよう。少年のどんなことでも。
だってこれは、俺のためなんだから。
「家族になろう」
今度こそ少年の脳みそは仕事を放棄したらしい。
目を見開いたまま固まってしまった。
そんな少年に俺は笑顔を向ける。
この提案が受け入れられる確立は、高くもなければ低くもない。
だって、少年には断ってもなんの利益がないのだから。受け入れれば、俺はなんの利益もない。
これは有利であって不利でもある提案だ。
けれど、どちらにとっても必要な提案。少年はどんな答えをくれるんだろう?
微かに震える、己の手は見ない。
ただ、少年を静かに見守った。