おはよう? 2
コン、コン。とドアをノックする音に、見ていた本から顔を上げる。
「リオン、入るよ」
「おー」
ガチャリと音を立ててドアが開く。
部屋に入ってきたのは、手に本を持ったクロードだった。
「はい。前に探してたって言ってたのはこの本だよね?」
「ん?……あぁ、そうだ!この本だよ!!」
「いやー、実は物置の奥底に眠ってたんだよ」
「少しは片付けろよ」
やっぱり、あったんじゃないか。
なんて思っても口には出さないでおく。落ち込むと面倒くさいし。
探していた念願の本がここにあるというだけで、今は満足、ということにしておこう。
さっそく、本を開く。
「そういえば、どうしてこんな本を探していたんだい?」
「あー……、ちょっと興味があったんだよ」
「?まぁ、興味があるのはいいことだよ」
微妙に言葉を濁して答えると、なんとなくおかしいとは思ったみたいだけど気にしなかったみたいだ。
この時ばかりはクロードが鈍くて助かった。
「神と歴史」なんて本は宗教関係者以外誰も読まないようなもんだしな。
むしろどうして、お前の家の物置にこんな本があるのか不思議だよ。
考えなくても答えはもうわかってはいるんだけどな。
極度の本マニアだって。
本なら何でも読むし集める。それこそ子どもが読むような絵本から俺が借りた宗教関係の本やら。
女子が好んで読む恋愛ものから伝記、はてには春画なんてものもあった。
お前は一体どんな趣味もってんだよ、と疑いたくなるくらい本好きだ。
まぁ、そんなことどうでもいいんだけど。
「それはいいとして、リオン」
「なんだ?」
「君は僕に本を貸してもらったということで、借りが出来たわけだ」
「そうなるな」
何か企んでいるような笑顔で話を振ってきた。
なんだろう、ものすごく笑顔が嘘くさいんですけど。
こういうときはろくな事になりかねない。
俺はこの本を早く読みたいんだけど……。
「その借りを今返してほしいんだ」
「急だな」
「ちょっとやってみたいことがあってね。君にしか頼めないんだよ」
「はぁ……」
あ、これは危ない。本能的に逃げろと体が訴えてきている。
だけどここで騒ぐわけにはいかない。まだ少年が寝ているわけだし。
……、こいつ謀ったな。
俺が逃げられない今、わざとこの本を持ってきやがった。
別に少年が起きた後でも十分いいはずだ、急いでいたわけでもないし。
無駄にキラキラした笑顔が、不思議と腹立たしい。
顔面格差社会とはこういうことだろうか。
俺だって悪いわけじゃない、こいつらが異常なだけだ。
エルフは魔力総量や魔力の質の高さで美しさが決まる。
ある意味、相手の外見さえ見てしまえば強さがわかる。なんとも生き難い社会だろうか。
ということで、色持ちである俺はそこそこの人物、平々凡々な奴ということである。
……別に悔しくなんかないさ!
「百面相してるとこ悪いけど、君には実験台になってもらいたいんだ」
「あぁ、実験台ね。……は?」
「いやー、これがなかなか適合した人が現れなくて困っていたんだ!」
「おいおい、ちょっと待て。何だよその怪しげな実験」
「簡単だよ、魔法を使える人はどれだけの現象を起こせるのかってことを調べるだけだし」
「それのどこが簡単なんだよ。下手すりゃ死ぬぞ!?」
思っていた以上に酷いお願いだった。
というか、本一冊の借り大きすぎないか。普通なら、「じゃあ、僕はあの本を読んでみたいなー」ぐらいだと思うぞ!?
なぜ本一冊で命賭けなきゃなんないんだよ!!
「大丈夫だよ!悪くても二、三日生死の狭間を彷徨うだけだし」
「おかしいって、お前の悪いの基準は普通の人の基準から外れまくってる!」
「そんなことはないよ」
にこにこと、笑顔ですごいことを言ってのけるこいつは化け物か。
いくら俺が普通の人よりは丈夫だって知っていても、これはあまりにも酷すぎるんじゃないだろうか。
ハッキリ言って俺の魔力は平凡以下の量しかない。
そんな人が魔法を使うのは、一日に頑張っても二回まで。それ以上使用するとなると、本気で死を覚悟することになる。
「僕に魔法は使えない、ということだから君には悪いけど手伝ってもらいたいんだ」
「だから、俺が魔法を使うってことは、危ない橋を渡るってことはわかるだろ?」
「それは、君の魔力は他のもので補うってことで、魔石を代わりに渡すっていうのでだめだろうか」
「誰が好き好んでわざわざ危険な目に遭わなきゃいけないんだよ、理不尽だ!!」
そうだ、こいつは気になったものは研究しなきゃ気が済まないんだ。
なまじ知識が豊富なだけに、探求意識が余計強いというか……。
兎に角、厄介なのにどうして頼みごとなんてしてしまったのだろう。
せめてクレアちゃんに相談しておくべきだった……!!
「だからそれは!!……ん?」
「俺はやらないって言ってるだろ!!」
「ちょっと落ち着け、リオン」
「いや、落ち着いてるって!」
俺がこんな風に取り乱すというか、怒ってるのはもともとの原因はお前だよ!
それだってのに、本人は全く気にしちゃいないって……。
「なんなんだよ、急、に……!?」
ふと、クロードが俺ではなくベッドの方を見ていることに気が付いた。
目を向けると、さっきまで寝ていたはずの少年と目が合った。
あまりのことに頭が付いていかず、呆然としてしまった。
「え、と。おはよう?」
「おはよう、ございます」
とっさに出た言葉は、なんともありきたりな挨拶だった。
それでも、返ってきた言葉に、なんだか嬉しくなった。