表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

現実逃避したいときもある

どうも始めまして。紳士淑女の皆様、俺は侍です。

実は今非常に困っています。

え?どうしてかって……、それはあれですよ。

敵対しているはずのエルフの王子様を助けたからですよ。

自分でもどうしてこうなったのかよく覚えてません。

むしろ覚えていたくないです。

現実逃避?そんなの自覚してますよ。

じゃなきゃこんな風に丁寧な口調で話しませんって。

普段は、あれですよ。そこら辺にいる男子高校生くらいと大差ないくらいの砕けた話し方ですし。


なんかこうでもしていないと色々危ない方向に行きそうなんで。

まぁ、気にしないでください。


これはきっと試練なんだよ、きっと。

だから子どもを助けたら黒尽くめのいかにも怪しい人たちに追いかけられるなんてあるわけないよな。

この世界ではよくあることなのかもしれないけど俺のいたとこはそんなことなかった!



数ヶ月前


和の国の北国【神埼家頭首の部屋】にて、


「失礼します」

「おお、やっと来たか。我が息子よ」

いつもより険しい顔をした父が座っていた。

もしかして、何か気づかないうちに失敗していたのだろうか?

そんな考えが頭を過ぎった。

「お前に伝えなければならないことがある」

思考の海に沈みかけていた脳みそが父の言葉によって戻ってきた。

今考えたってどうしようもない。

俺は腹をくくって父さんの目をじっと見返した。

内心はビビッていて今にも謝りたくてしかたないのだが……。


「伝えたいこととは……?」

絞り出した声は思っていた以上に掠れることはなかった。

「……お前は、」

父は何か言おうとして一瞬躊躇ったがすぐにいつものように話し始めた。

「お前ももう十七歳。すでに成人した立派な男だ」

「はい」

この和の国での成人は十七歳となっている。

そして俺も晴れて、昨日ついに成人を迎える十七回目の誕生日会が行われた。

といっても身内だけの小さな誕生会だった。

それでも俺はとても嬉しかった。

父の言葉を聞いて背筋がすっと伸びた。


「このまま家にいてもお前は成長できないだろう」

「……っ!」

確かに、成人する前に神埼家に伝わる二刀流の奥義もすでに習得してしまった。

師である父と互角の戦いが出来るようになった。

後もう少しすれば越えられる、そう父に言われたときは嬉しくも悲しくもあった。

ずっと追いかけていた父の背を俺は超えようとしている。


「だから、お前は家を出ろ」

「……は?」

「荷物は粗方こちらで用意しておいた」

「あ、あの。父さん?」

話が急すぎて付いていけない。つい、気の抜けた声が出てしまった。

というか、なんでそんなに準備万端なんですか。

いつから俺は家を出て行くことになっていた!?


「何、心配せんでいい。お前は神埼流のすべてを身につけたんだ。そこらの敵に負けはせん」

「だからって父さん、これはあまりに急すぎませんか!?」

ちゃっかり荷物を手にした父さんの従者である籐月とうづきさんが部屋に入ってきた。

「さ、これをどうぞ」

恭しく籐月さんが俺に荷物を差し出してきた。

そんなことをされれば受け取らないわけにもいかない。

悲しいかな、これが日本人ってやつですよ。押しに弱い。

もっと自分の意見をはっきり言えたらいいのにね!!


「と、籐月さん……?」

きっと俺は傍から見れば引きつった笑いを浮かべていると思う。

それくらいに目の前の事実は衝撃的過ぎた。


「ご武運をお祈りしております、坊ちゃん」

籐月さんは、それはそれはいい笑顔でこう言いました。

つまりあれですね。早く行け、と。


「家のことはあいつに任せておけば大丈夫だ。お前よりも頭がいい」

「そ、うですね……」

確かに義兄あには頭がものすごくいい。代わりに体が弱かった。

今では、無茶なことさえしなければ健康的に過ごせる位に強くなった。

俺は、そこらの同年代の子どもと比べてみれば頭はいい方だ。

ただ、義兄と比べられるとどうしても劣ってしまうが……。


「お前は本当に自分のやりたいことを見つけて来い。

いつまでも周りに流されているだけでは、本当の自分を見失うぞ」

父の言葉はいつも正しいことを言っている。

それ故にキツイ言い方になってしまっているのを実は気にしていると母に聞いたことがある。

自分の信念を曲げずにまっすぐ生きてきた父は俺の目標である。

父に追いついたといっても技術だけで、それ以外に俺が父より勝っているものはない。

その技術でさえ、経験によって覆されてしまう。

成人を迎えたといっても、まだまだ父には追いつけそうになかった。

不器用な言葉だけど、その言葉に何度も助けられている。


「わかりました」

こんな自分を、孤児であり「色持ち」である俺を拾ってくれた父に恩返しがしたい。

そのためにもまずは自分自身が強くならないといけない。

経験を積んで、少しずつでもいいから父の、義兄の、神埼家の力になりたい。

そんな想いがいつしか少しずつ大きくなっていた。

なら、それを成し遂げるためにも自分は成長しなければいけない。


「それとこれを持っていけ」


差し出されたのは二本の刀だった。

藍色の鞘に入った刀と紅色の鞘に入った刀だった。


「これは……!?」

「お前なら使いこなせるだろう。神埼家に代々受け継がれてきたものだ」

そう言って渡された刀は橋矢元次朗はしやげんじろうが造ったとされる「幻刀げんとう」だった。

世界に十本あるかどうかといわれるほどの名刀が二本も目の前にあった。

神埼家にはある有名な二本の刀があるとは聞いていたが、まさかあの幻刀だったなんて。

驚いて固まったままの俺を見て父は悪戯が成功した子どものように楽しそうに目を細めていた。


「どうした、欲しがっていただろう?自分だけの刀を」

「それは、そうですが……。本当に俺がこの、‘藍’と‘紅’を持っていていいんですか?」

「そのために渡したんだ。どんなに良いものを持っていたって使わなければ意味がない」

父は俺が持っている刀を見て少し寂しげな顔をしていたように見えた。


「ありがとうございます」

それでも、父は……いや、師は俺の実力を認めてこの刀を託してくれた。

全力でそれに応えなくては師のやったことが間違いになってしまう。

藤月さんから渡された荷物を手に持ち、深く礼をして部屋を出た。




+++++




「……なぁ、藤月よ」

息子が去った後、部屋に残っていた現頭首である神埼亮戎りょうじゅうは従者であり、長年の友人である藤月に語りかけた。

「どうしました?」

「これで本当に……、いや、何でもない。忘れてくれ」

いつもならしっかりと意志を宿した力強い目をしているはずの亮戎の目はゆらゆらと揺れていた。

それに藤月は気づかない振りをして答えた。

「そうですか」

ただ、静かにそう答えた。


「せめてあいつが旅をする中で本当の目的を見つけられるよう、少しでも手助けが出来ればよかったんだがな……」

「亮戎様……?」

ポツリと呟いた声は誰に聞かれることもなく消えていった。



誰よりも強く、そして脆い。

子どもらしくない、けれど大人にもまだ成りきれていない。

そんなちぐはぐな存在であった。

けれど人を引き付ける不思議なものを持っていた。

それによって辛い決断を迫られるかもしれない。

自分の大切なものを切り捨てなくてはいけなくなるかもしれない。

自分自身を殺すほうが楽なことがあるのかもしれない。

たくさんの人に出会い悩むだろう。

それによって学ぶこともあるだろう。

大切に思う存在が出来るだろう。

それでも自分の信念を貫くことで見えてくるものがあるだろう。

全ては自分の信念を見つけるための小さな出来事。

これが乗り越えられないのなら、何も見つけることなく終わってしまうのだろう。

せめて、少しでも道を見つけられたなら……






「幸多からんことを」







父さん、俺の人生は波乱で満ちているんでしょうか。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ