第01話 ミシュタール召喚-08 帰還
結局、俺が異世界から帰還を果たしたのは翌日のことだった。
さすがに野宿は嫌だったのでヘイグル王の城とやらに一泊したのだが、だだっぴろい部屋にロウソクの明かりだけではとても暗く、不気味なだけだった。
さらにベッドの中にはノミがいて、とても眠れたものではなかった。
異世界の住人ならばお友達になれるかも知れないが、現代社会に生きる俺には到底ムリだった。
結局一睡も出来ないまま翌朝になってすぐ、ルーファとシリンを魔王の死骸の前に連れて行き、その場で送喚陣を作らせて俺を帰還させた。
そのさい、契約書をいやというほど振りかざして、何を言われようがゴネまくったのは言うまでもない。
とにかく俺は一刻も早く、風呂――日本の文化に根ざす全うな――に入りたかったのである。
そして、ようやく異世界から戻ってきた俺は、狭い道路の真ん中で朝焼けの中に立っていた。
この場所がどこかは分からないが、少なくとも日本国内であり、それに今の俺にはスマホという文明の利器が利用できるので、そのことに関してはまったく問題なかった。
とりあえず、今の時点での問題は別の所にある。
「なぜ、お前らがここにいる?」
ゴシック調の白いドレスを着た長耳の美女と、背中が思いっきり開いたド派手な赤いドレスを着た若干とんがり耳の美女が、俺の両脇に立っていた。
「あなたは、あまりに危険過ぎます。これからはずっとあなたに付いて、監視を続けることになりました」
これは、ルーファのセリフだ。
「ヘイグル王には許可を取ってある。あたし達から離れられるなんて思うなよ?」
シリンはシリンでそんなことを言っている。
正直、俺は迷った。
このまま、ここにこの二人を放置して自宅に帰ろうかをだ。
まるで、その考えを読みでもしたかのように。
「逃げたって無駄です。何度でも、召喚できますから」
そうなんだよな……。
けっこう、召喚ってやつは、ホイホイできてしまうらしんだよなぁ。
厄介な連中に召喚されてしまったもんだ。
迷惑なことこの上ないが、二度目の人生がこれまで順調に進みすぎていたツケが回ってきたのだと思うしかないのだろう。
「わかった。ただし、俺の家に住むなら条件が二つある」
もちろん俺が譲歩する以上、無条件というわけにはいかない。
「なんでしょう? 男女間の営みに関することなら、望む所です」
なにやら気合を込めて――どちらかと言うと戦場に向かう戦士のようなノリで――ルーファが言った。
シリンも気合の入った視線を俺の方へと向けてくる。
何考えているんだ、こいつら……。
俺は、頭を抱えたくなったが、そこは二度目の人生、ぐぐっと堪えて条件を突きつける。
「毎日、風呂に入ってもらおう。とりあえず、この後すぐ入って、体の隅々まで手抜きせずにきっちり洗え。それともう一つ、新しい服を買ってやるから、今後その服を着用する。この二点だ。もし、この条件が飲めないようであれば、俺は奥の手を使わせてもらう」
もちろん、奥の手などありはしない。はったりである。
ルーファは慎重に俺の目を見ていたが、ほどなくして頷いた。
「わかりました、その条件を呑みましょう」
ルーファに続いて、シリンも頷く。
「よし。決まったな。それじゃさっさと、あんたの屋敷に案内してくれよ」
何やら、楽しそうにシリンが言ったセリフを聞くと、俺はもしかしたらとんでもない決断をしたのではないか、という不安が頭の中をよぎった。
でも、ここは俺の世界だ。
帰ってきた以上、俺の心配すべきことは他にある。
昨日の合コンがどうなったのか、確認しなくてはならなかった。
何よりも、次があるのか、ということを。
そんな俺の心配をよそに、二人の異世界からやってきたファンタジー美女は、俺の両手を取って引っ張る。
「はやく、いきましょう」
「はやく、いこうぜ」
美しい横顔を朝日に照らされている、ルーファとシリンのセリフを聞きながら、俺はそれに答えるしかなかった。
「そっちじゃねぇよ」