第01話 ミシュタール召喚-07 魔王違い
「こ、こいつは……一体なんなのです……」
呻いている巨人を見て、魂が呆けたようにルーファが言った。
何って言われてもなぁ……。
「魔王ゾンマ?……だろ?」
俺は気を探って、この惑星で一番強いヤツを見つけてやってきたのだ。
その証拠に、ダメージを食らっている今の状態でも、間違いなくこいつが一番強い気を放っている。
「魔王ゾグマです……ですが、こいつは違います……。こ、こんなモノ、魔王であるはずが……。グングニルを手にした勇者と私達で、どうにか戦える相手でした……。でも、こんな巨大な魔力の持ち主がいるなんて。こんなの……とても、戦えない。こんな、こんな……」
ルーファは俺の間違いを訂正した後、そんなことを言っている。どうも、かなり怯えているようだ。
シリンの方はと言えば、形のいい両目を見開いたまま固まっていた。
こいつはもしかしなくても、どうやら魔王違いのようである。
そして、そのことを証明するように、床の上で呻いていた巨人が口を開く。
「ハイ・エルフが一匹と人間とエルフの混血が一匹……。貴様らではない。断じて……となれば、貴様だな? 一体何者だ? 今、何をした!? この魔神イルンベルンに、これほどのダメージを与えられる攻撃とは、何だ?」
魔神とか言ってるし、名前も明らかに違うし、これで魔王違いであることが確定した。
「わりぃ。魔王なんとかってぇのと間違った。かんべんしてくれ。ハハハ」
俺は、笑ってすまそうとしたのだが。
「貴様。この魔神イルンベルンを愚弄する気か? ゆるさん、ゆるさんぞ!」
これは、かなり怒らせてしまったようである。
魔神の気が一気に膨れ上がるのを感じた。
どうやら、話し合いでは済みそうもない感じである。
魔神の左腕はすでに復活している。
貫通したと言っても、俺の気が直撃しているはずなのによくやるなぁ、と感心している場合ではなさそうだ。
俺の二人の連れは神殿の床にペタンと座り込み、その下には少し黄色みがかった水たまりができている。
それに気がついた俺は、内心初めてこの二人に女的な何かを感じたが、ただまぁ洗濯機に放り込んで漂白剤で洗浄するという二つの条件は外せない。
でも、とりあえず助かったのは、魔王と魔神を間違ったことは、なし崩し的に忘れられているということだ。
まずは、目の前の問題から解決することにする。
魔王を斃すという契約をしてるのだ。俺としてはこんな所で、魔神なんかと関わっているような暇はない。
「魔神さんだっけ? 魔王なんとか……」
もしかしたら、居場所を知っているかも知れないと考えて、訪ねようとしたが。
「しぃねぇぇぇ!!」
どこから取り出したものか、魔神は刃渡り十メートルほどもありそうな、黒々とした両刃の剣で真上から斬りかかってきた。
さすがにこれを避けると、おもらしをしてしまった二人の美女――タイプではない――が叩き潰されてしまうので、左腕を使って受け止める。
受け止めたうえでもう一度考える。
魔王の固有名詞だ。
「……そうそう、魔王ゾグマってやつの居場所知らない?」
俺が掴んでいるおかげで、動かせなくなってしまった巨大な剣を動かそうと、悪戦苦闘しながら魔神はそれでも律儀に答えてくれる。
「魔王……ゾグマだと? ふざけているのか? さっきの貴様の攻撃で、死んでしまったではないか。ここにくる途中に、魔王城があったであろう」
俺は、はたと気がつく。
そう言えば、俺が開けた穴を通ってくる途中で、石造りの建物を見たような気がする。
確かに気を探ったときに感じ取ってはいたのだが、魔神の気に比べたら圧倒的に小さな気だったので放置してしまった。
そういえば、気砲を使って近道を作った時、その気が消えたような気がする。
思えば、あの時斃してしまったのだろう。
我ながら迂闊だった。
そういうことなら、死骸が残っていることを祈りつつ一旦引き返す必要があるだろう。
さすがに、証拠もなしに契約完了を要求するほど俺は図々しくはない。
だが、その前に魔神をどうするか決めなくてはならない。
契約的には放置していても一向に差し支えないのだが、さすがに俺が巻いた種であるという自覚があるので、きちんと後始末だけはしておくことにする。
その時、魔神はてこでも動かせなくなった巨大な剣のことは諦めて手放し、代わりに両手を前に突き出して何かの力を開放しようとしている最中だった。
俺一人なら、最後までやらせてあげてもよかったのだが、ツレの安全を考えて早めに対処しておくことにする。
フェーズ1での限界速度で魔神の真下に入り込むと、思いっきり蹴りあげる。
すると、20メートルはある巨体が神殿の天井に張り付いた。
「わりぃ。恨まねぇでくれよ」
言葉だけで謝りながら、俺は両手を上に向けて突き出すと、フェーズ1最大の気砲を放つ。
次の瞬間、上には星空が広がっていた。
魔神の体は張り付いていた天井と、その上に存在していた地面も一緒に消滅してしまっていた。
正直俺にとっては、魔神になんの恨みもなく、それどころか一方的に迷惑かけてしまった形ではあるが、このさい不運だったと諦めてもらう他ない。
でもまぁ、すでに消えてしまっているから諦めるも何もないだろうが。
ここで俺は、とんでもないことに気づく。
天井と一緒に俺の作った近道も消えていた。
失態だ。
それもとんでもない、大失態だった。
気を探ろうにも、すでに魔王は死んでいる。
新たな近道を作ろうにも、居場所が分からない。
おまけに、おもらしした美人二人組は、腰を抜かしたまま呆然と星空を眺めていた。
「やっちまった……」
俺は、頭を抱えるが、さすがにもうどうにもならない。
どうやら、諦めるしかないのは、魔神ではなく俺の方だったようだ。