第01話 ミシュタール召喚-03 勇者?
「なぁ、どうでもいいけど、そろそろ帰してくんない?」
俺は今度は遠慮がちに聞いてみる。
こいつらがどういうつもりで俺を召喚したのかは知らないが、そんな事情ははっきり言ってどうでもいい。
とにかく、一刻も早く帰りたかった。
っていうか、帰る必要があったのである。
「ふん……。こんな、得体の知れないヤツが、勇者の資格を持っているというの? ルーファ」
どうやら、俺の話なんぞまともに聞いていないようであった。
だいたい、勝手に召喚しておいて、胡散臭いも何もないだろう。
と思ったが、黙っておくことにする。
こんなところで喧嘩なんてしたら、帰してもらおうにももらえなくなる可能性がある。
頭にくる話ではあるが、ことは穏便に運ぶ必要があった。
「いや、シリン。今ので確信できました。彼……」
ルーファは俺の方を見ながら言いよどむ。
俺はすかさず、もう一度名乗ってやった。
「鳴瀬和美。ナルセと呼んでくれ」
意味の相互理解はさせられても、名前や固有名詞はそうもいかない。
つまり、俺の名前はルーファにとって覚えにくい、もしくは発音しにくいものだったのだろう。
改めて短く言い直しておく。
「ナルセは勇者の資格を持っています。これ以上疑うならば、グングニルにその所有者たる資格があるか決めてもらえばいいのではないでしょうか?」
話している意味はさっぱりわからんが、なんだか話がややこしそうな方向へ流れ始めたようだ。
こっちは時間がないというのに、なんってこったい。
「それもそうだな。この男が勇者の資格を持つ者であるのならば、グングニルはそれに応えるはず。ルーファの言う通り、この男にグングニルを取りに行かせれば、自ずと勇者の資格を持つものかどうか判断がつくな」
黒魔道士と称する、シリンと言う名の女がそんなことを言っている。
どうやら、このまま放置していても、俺が望むような結果が得られそうもないということは間違いなさそうである。
今すぐ帰してくれと頼んでみた所で、こいつらは素直に帰してくれることはないだろう。
とにかく、どうやれば帰してもらえるのかそれを探ったほうがいいだろう。
とは言え、時間が惜しい。核心部を的確に押さえていかなくてはならない。
それと同時に交渉が肝心だ。
俺にとって最も貴重な瞬間に一方的に召喚されて、好き勝手に俺の運命を決めようとしているこいつらに対して、それはもう筆舌に尽くしがたい不条理感を味合わされているのだが、そこはぐぐっと堪える。
俺だって、伊達に二度目の高校生をやってはいない。
大切なのは、一刻も早く自分の世界に戻ること。
その目的を忘れないようにしなければならない。
「あの……ちょっといいかな?」
俺は出来る限り控え目な態度で、手を上げて発言を求める。
まぁ、許可されなくても発言は続けるつもりではいるのだが。
「なんだ、言ってみろ?」
確かに美人ではあるが、偉そうに黒魔道士のシリンが言った。
「さっきから君たちが言っている、勇者ってなんだい?」
ファンタジー的な世界観における、勇者という概念には概ね想像はつく。
しかし、細かい所で齟齬があると後々面倒なことになりかねないので、ちゃんと押さえておくことにする。
「魔王に世界で唯一対抗できる存在だ。強大な魔力を持ち、なおかつ不死身の肉体を持った魔王に対抗するには、神々をも討ち滅ぼすと言われている伝説の槍、グングニルを手に入れてその力を引き出す必要がある。それが唯一可能な存在が、異世界から召喚した勇者だけなのだ」
シリンの説明によって、勇者とグングニルという二つの単語がつながった。
では、次の質問だ。
「さっき、前の勇者は魔王に斃されたとか言ってたよな? ってことは、俺が二人目ってことかい?」
ここの所は大切だ。
うんたらかんたら妙な理屈をつけられて、他の世界との行き来は簡単にはできない、とか言われたらたまらないからだ。
確実に言質を取っておく必要がある。
だが、現実は俺の想像の上を行っていた。
けっこう、斜めを向いてはいたが。
「いや、お前で五人目だ。最初に召喚した勇者はグングニルに触れた瞬間に死亡した。次の勇者はグングニルを手にすることは出来たが、まるで使うことができずにゴブリンの攻撃を受けて死んだ。三番目の勇者はグングニルの力引き出すところまでいったのだが、戦場でいきなりグングニルを手放し『話しあおう。そうすれば、ボク達はきっと分かり合える』とか言い出して、その瞬間トロールに撲殺された。そして、四番目は本当に惜しかった……。魔物の軍勢を突破し、魔王城に乗り込んでついに魔王と相まみえた。勇者はグングニルを存分にふるって闘い、パーティ全員でそれをサポートしたが結局魔王ゾグマの魔力の前に勇者は敗れ去った。プリースト・カジバの最後の力で生き残った我々はこの地に転移されたが、そのさいグングニルは行方がわからなくなってしまている」
つまり、俺の前に四人の犠牲者がいたということだった。
勇者と書いてヘンジンと読みたくなるような犠牲者達だが。