第08話 宇宙英雄伝説01 クレアル海回廊会戦 - 60 - 二人の英雄
第08話 宇宙英雄伝説01 クレアル海回廊会戦 - 60 - 二人の英雄
確かに艦隊総司令官にはいざというときのために、後任の艦隊総司令官を任命する権限が与えられてはいるが、健康そのもので負傷もしていない総司令官が就任するとほぼ同時に権限委譲をするなど歴史上例がなかった。
だが、ダフル中将のこの判断が間違っていなかったことは、すぐに実証されることになる。
それまで目を覆いたくなるような消耗戦が続た後、前任の総司令官の無能さにより全滅一歩手前まで追い込まれていた状況を、一気にひっくり返してみせた。
敵の作戦に乗ってしまい全滅寸前だった状況から、どうにか痛み分けにまで持っていったのである。
間違いなくこれは、ダフル中将の抜擢人事による妙手であった。
もちろん、それに答えたリン・コウネ大佐……いや、准将もまた英雄と呼ばれるに相応しいものであったが。
ただ、俺の見るところ、これから先の方が問題になるだろうと思う。
いままで恒例行事としてやってきていた側面があるソーグ帝国とラートラ共和国による艦隊戦であるが、これから先はそう簡単にはいかない。
すでに回廊が開かれたからである。
この回廊は間違いなく軍事的に最も重要な要衝となる。
ここを取られたら、どちらの国が支配する銀河へも障害なく行くことが可能となるのだ。
もちろん、そういったことは、前線で闘った両艦隊はよく理解しているだろう。
だが、本国にいる連中がわかるかどうかは甚だ疑問である。
俺の経験上、長い間微睡み続けてきた国家は、その微睡みが永遠に続くものと思うものだからだ。
そして、微睡みのまま滅んでしまうことも珍しくはない。
大した想像力がなくても、双方の政府が微睡みの中に沈んでいることは分かることだ。
それは、言い方を変えれば平時と戦時の区別がつかなくなっているということでもある。
本土から五百万光年以上も離れた場所に、いきなり国家の危機的状況が生じたのだと言われても理解できるような者がどれだけいることか。
もちろん軍部内ではある程度の危機感の共有はできるだろう。
だが軍を一歩外に出たら、政治的な判断が優先される。
もちろんこれは予想だが、俺はそのことを確信していた。
回廊の戦いで誕生したソーグ帝国とラートラ共和国の二人の英雄。
おそらく、これから彼らは想像を絶する試練の場に立たされることになる。
軍事的な戦いから政治的な戦いになる。