第08話 宇宙英雄伝説01 クレアル海回廊会戦 - 17 - リミッター
第08話 宇宙英雄伝説01 クレアル海回廊会戦 - 17 - リミッター
岩石の隙間を縫うような宙域を、こんな速度でしかも重力航行を使って抜けていくなど無謀だと誰もが言うだろう。
もちろん俺もそう思う。
例えるなら、氷の上を革靴で走るようなものだからだ。
止まるのも方向を変えるのも容易ではない。
だが、ナジュだけはまったく気にもしていなかった。
航法コンピューターのサポートがあると言っても、どこに何があるか分からないような宙域を常識無視で飛んでいくなど普通はできない。
実際、リミッターを切ると言ったのはハッタリではなく、航法コンピューターのサポートを切らなければこれほどの高機動は維持できないからなのだろう。
しかも、三つの岩石をすり抜けた直後から、一気に岩石が大量に存在する宙域に入っている。
非常に危険な宙域なのだろうと思うが、ナジュは平気な顔で操縦を続けている。
見るからにとても楽しそうだ。
だが、そんなヤツはおそらく宇宙広しと言っても、この女くらいなのじゃないかと思える。
他の艦艇はまったくこの宙域にはいないようだ。
少なくとも俺が気を探ってみても、この周辺からは何も感じられない。
こんな所を抜けていく限り、ステルス性も何もない。
論外というやつだ。
無数のスターダストの存在により、この船を発見することは不可能に近いし、そもそもこんな場所を通り抜けようと考えるやつはいない。
ましてやそれを、重力航行でやるなど普通は自殺行為である。
と誰もが考えるが、この女は別だった。
宇宙空間に浮かんでいるように見えるシートの上で明らかに危機的状況を謳歌していた。
おそらく、頭のネジが何本か無くなっているのではないだろうか。
それはともかく、さんざん振り回された甲斐があってどちらの戦力にも発見されることなく、クレアル海の中心部へと近づくことができた。
あれほど激しい機動を繰り返していた船の動きが、急速に穏やかなものに変わっていく。
やがて、まったく慣性を感じさせることなく停止した。
そして、周囲の景色から宇宙空間の全天映像が消えて、本来のコックピット内の姿を取り戻す。
ナジュはシートから立ち上がり、俺の方を向く。
「さぁついたよ、正真正銘ここがクレアル海のど真ん中さ。それにしてもあんた、一体何者なんだ? あの機動の中でずっと立っていられるなんてさ、普通じゃないよ」