第01話 ミシュタール召喚-01 高校生活
今、俺の目の前には英語のテスト用紙がある。
昨日あったやつで、すでに採点済みのやつだ。
俺はそれを目の前にして、声を出して唸っている。
「うーん」
すると、斉藤が右隣から顔を向けて笑いながら小声で言った。
「おう。今回もひでぇなぁw」
俺はそれを無視して唸っていた。
かなり落ち込んでいたからだ。
46点という点数が酷いのは間違いようのない事実だ。
赤点とかいうわけではないが、俺が目指す大学に入るためには到底容認できるレベルではない。
なにより、深刻なのは今度の試験では一番英語に時間をかけたというのにこのていらたくなのだということである。
ちなみに前回は43点で、ほとんど変わっていない。
けっこうショックがでかくて、俺はこの日の英語の授業がまったく頭に入らなかった。
これではさらに、成績が伸び悩みそうである。
とにかく、英語は暗記することが大切なのだが、なかんずく俺は暗記を一番苦手とするところだ。
歴史の年表とかもその範疇に入るが、これに関しては語呂合わせという裏ワザが使えるのでなんとかなる。
それに比べて、英語はひたすら発音しながら書いて覚えるしかない。
まぁ、今どき手書きでスペルを覚えてどれだけ役にに立つのかは疑問だが、手書きでやらなきゃ試験に通らないのだからしかたない。
どうあがいてみても、時間をかけるしかないのである。
夢のキャンパスライフを送るためには、どんな犠牲を払っても構わないと思ってはいるが、残念なことに時間は有限である。
英語ばかりに時間をかければ、他の教科にかける時間がなくなる。
必然とも言えるトレードオフの関係にある。
一番残念なことは、俺の頭の中身は非常に残念な作りになっていて、何かを暗記しようとするとすぐに睡魔が襲ってくるということだ。
勉強中は睡魔との戦いが繰り返されることになるわけだから、非常に効率が悪いことこの上ない。
だから、尚更時間が必要になってくるのだが、時間は有限だという話に戻るのである。
そもそも、俺が欲しているのはキャンパスライフである。
自由気ままにのんびりと、勉強もなんの努力もせずに、せいぜいバイトをやって遊び暮らしたいのである。
そんなキャンパスライフを手に入れるためには、予算の都合上国立大学に入らざるを得ない。
それも俺が得意とする理系ではなく、苦手とする文系だ。
もちろん金銭的な理由からである。
なぜこうもキャンパスライフにこだわるのかといえば、ひとえに転生前でのトラウマにある。
正確に言えばこの宇宙が誕生する前の宇宙でのトラウマであるわけだから、前世と呼んでいいものか迷った結果、他に呼び方も思いつかなかったので、とりあえず転生前としておく。
新たな宇宙はほぼ正確にその前と同じ歴史を歩み、地球もきちんと生まれた。
そして、俺は俺として再び地球上のこの国に生まれたのである。
その間俺の意識はなかったが、存在はあった。
俺を滅ぼすことの出来る力が、この宇宙には存在しないのだから当然なのだが……。
とにかく、もう一度生まれたことで、俺という存在は再び存在と意志が重なり、一見新たな生命として誕生したのである。
だが、実際には記憶も力もまんま維持したままの、ようするに強くて再スタート状態であった。
俺は前世の記憶や力もあったが、トラウマも抱えていたので出来る限り普通の少年として暮らしてきた。
やがて地球を襲うであろう、敵に備えてだ。
かつて師事していた師匠にもつかず、気の使い方も習わなかった。
まぁ、習ったとしてもまるで意味はないのだが……。
かつての俺は、最初にこの国の敵と闘った。
その敵に勝利したら、もっと強い敵が現れた。
その後、地球を襲ってきた敵と闘い、死にかけたが勝利した。
そうやって延々と戦い続けていたら、宇宙神と戦い、それを倒したらついには、宇宙神をも超える存在とかいうハイパー宇宙神と闘うはめになってしまった。
もう、バトルの無限ループである。
俺は、底なし沼のようなバトル生活に心底嫌気がさした。
二度とあんな人生はまっぴらだ。
だから、地球を襲ってくる敵が現れても闘わない、とそう決めていた。
だが、その心配は杞憂に終わった。
かつての宇宙において、中二の夏に襲ってきた宇宙から襲来した敵は現れなかった。
この国を滅ぼそうという敵はいたのだが、俺ではない誰かの手によって斃された。
そう、俺がハイパー宇宙神を斃してしまったことで、宇宙規模での強力な敵は存在しなくなったのである。
それでも、まだまだ油断はしていなかったが、俺はその時決めた。
これから先の人生、平和で平凡なお気楽人生を謳歌してやるのだと。
それから、必死で勉強してどうにか地元の公立高校に潜り込むことができた。
高校生活を楽しみながら次なる目標であるキャンパスライフに向けて勉学に勤しんできたのである。
「よう、帰りつきあわね?」
俺が鞄に教科書を突っ込んでいると、斉藤が誘ってくる。
「どこにだよ?」
概ね検討はついているが、俺は知らん振りをする。
こっちの事情を知っていて聞いてくるわけだから、たちが悪い。
「カラオケだよ、カラオケ。わかってんだろ?」
斉藤はカラオケが好きだ。
だからと言ってうまいわけではなく、かと言ってひどいわけでもない。
いたって普通の、逆に言えばなんの面白みもない歌声だった。
一方俺はと言えば……まぁ、そこはあまり触れてほしくないところではある。
女子と一緒にという特典があるならまだしも、こいつと二人でカラオケなんぞに行きたくもない。
なので。
「ことわる」
俺は、立ち去ろうとするが、斉藤はあきらめない。
「実はさ、今回はいい話があるんだよなぁ」
斉藤のいい話に、俺はまったく期待していなかった。
どうせ、ボーカロイドの新曲でも入ったとかいうたぐいの話だろうと思っていたからだ。
少なくとも、これまではずっとそうだった。
「それは良かったな。俺は帰る」
机の中身を詰め終わった鞄を肩にかけて、俺が歩き出したその時だ。
「合コン」
魔法の呪文が俺の耳に届いてきた。
両足がピタっと床に張り付き、体が勝手に斉藤の方を向く。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか?」
俺の言葉に、斉藤が得意そうに笑う。
事と次第によっては、拝み倒すことになっても構わないと俺は思っていた。
「横山先輩覚えてるだろ?」
得意げな笑みを満面に浮かべたまま斉藤が言ってくる。
「扶桑大学に行ったはずだよな?」
俺はそれほど親しいというわけではなかったが、顔の広くて要領のいい斉藤が可愛がられていたことは記憶している。
「そうそう。で、横山先輩が昨日、女子大生と合コンやるけど人数が足りないから都合つけてくれって言ってきたんだ。もちろん速攻で行くって返事しといた。オレとお前の二人だ。どうだ、感謝しろよ?」
うーむ。持つべきものは親友である。
まさか、これほど早くに、前世から夢見ていたことの一つが実現するとは思わなかった。
女子大生との合コン……なんと甘美な響きであろうか。
俺は、迷わず斉藤の手を取り言った。
「心の友よ!」
そして、まさにこの瞬間、俺の体が怪しげな光に包まれる。