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 一面の星空があった。

 三連の月は太陽に追従して地平線の向こうに姿を消し、どことも知れない森に立っていたはずの俺は光に包まれ、次の瞬間には雲より高い場所で星を見ていた。今日は良く空を飛ぶ日だ。

「おや?」

 とディラントさんの声。おやじゃねえ。転移魔法失敗してるじゃねえか。

 首を回して眼下を見れば、そこにも星空と見紛うばかりの街明かり。どんどん近づいてくる。

 何が安心してくださいだ。

「ひゃ――」

 けれど耐性が付いていたのか、端からディラントさんを信用していなかったのか、俺はあまり焦っていなかった。状況に気づいて悲鳴を上げそうになったリコットを胸に抱き込み、腿の下に腕を通し、ひとまず地面に叩き付けられることだけは避ける体勢。

 力学的にどうなるか分からない。最悪、彼女の足骨が折れてしまうだろうか。

イスルの127式――風爆」

 一息に吐くような詠唱。地面に激突する直前、ディラントさんの魔法が石畳に着弾した。

 着弾点から半円状に暴風が破裂する。俺たちは急激に落下速度を減じ、あらぬ方向に吹き飛ばされた。視界の端で、無辜の通行人が魔法の煽りを喰らってこける。ごめんなさい。

 俺は近場にあった石造りの屋根に擦過傷を刻みながら、勢いを殺す。

 突風に目を白黒させ、きょろきょろと周囲を窺う通行人を横目で見ながら、屋根の上を走る、飛び越える。道端に落ちていたディラントさんの眼前に着地した。

「どこが安全ですか……」

「いや、面目ないです。理論上、ここまでの誤差は発生するはずなかったのですが……彼女の特異性を測りきったつもりでいて、過大な評価だったようですね。いやあ、魔法の世界は本当に奥が深い……あるいは、ハルトさんの特異性が想定以上だったのでしょうか?」

「こちとら危うく死ぬところだったんですよ? それを、興味深いだの……」

「興味深いではないですか。今朝までの私は、転移魔法の完成させることで魔法の深奥に到達するつもりで居たのです。それが根底から覆されてしまうような力と出会ってしまった。推測ですが、あなたが気づいたら森に居たというのも、彼女とあなたのの特異な魔力同士が呼び合った結果ではないでしょうか。最も、あなたとリコットさんとでは、その質が若干異なっているようですが」

「アンタの好奇心にこっちは興味ないんだよ。そんなことより先に、彼女に言うべきことが――」

 どん。

 胸に走った衝撃に目をやれば、そこに耳までを真っ赤にしたリコットの顔がある。

「あ……」

 頭を押さえ付けにしていた手を離す。膝を折って、腕に乗せていた彼女を地面に降ろす。

「ごめん、忘れてた」

「げほっ、ごほっ」

 俺の言葉も聞こえていない様子で、リコットは激しく咳き込んだ。しばし呼吸を整える。

「ああ、ひどい目にあったわ……危うく殺されるところだった……」

 どっちに? どっちもか。

「ごめん。魔力纏ってると重みとか、反作用とか感じないから、抱えてること忘れてた」

「別にいい……また、助けるためだったんでしょ?」

「まあ……」

 面と向かって問われると、なんとなくそうだよとは言いがたい。

「それで……ここはどこなの?」

 言って、周囲を検分し始めるリコット。俺も倣って振り向いた。目に飛び込んだソレを仰ぐ。

 夜闇の中、はっきりと浮かび上がる灰色の壁が屹立していた。今にもこちらに倒れこんできそうな圧迫感を覚える。よくよく見れば、壁が彎曲していることが分かる。円柱。おそらくだが、防壁か何かの一種のなのだろう。その高さは全力で俺が跳躍しても越えられないほど。

「でかいな……」

 思わず漏れた言葉に、思わぬ返事が返る。

「今でも大きくなり続けてるみたいね。ほら、城壁と食べ物は高いほうがいいって言うじゃない」

 知らん。

「その方が安全だから?」

「そうみたい。まあ壁はともかく、食べ物は高いほうが良いなんて、古い話だと思うけど。私、お腹壊したことも病気になったこともないもの」

 体が丈夫なのは……筋肉が付かなかったり、傷がすぐ治ったりと同じ理由じゃないのか。

 いや、それよりも。

「壁を城壁だと言い当てるってことは、ここがどこか知ってるわけだ」

「うん、多分……」

「イリストルク王国内周部、東区画といったところでしょうね」

 割り込むなあこいつ……いや、やめよう。俺は所詮部外者だし、怒る権利はリコットにこそある。そもそも、どうして彼女は怒らないのだろう。

「では、現在地も分かったところで行きましょうか。今回の報酬と……謝罪金をお渡しします」

「そうですね! 早く行きましょう!」

 金か? 金目当てか? 

「所内に出る予定が狂ってしまったので少し歩くことになりますが――」

 ディラントはリコットに目をやり、元気溌剌といった姿を見止め、こちらに視線を移してきた。

「構いませんよね?」

 嫌味な奴。

 質問に舌打ちで返し、歩き始めた二人を追った。先導するディラントの背を見ながら、リコットの隣に並ぶ。

 と、通行人たちの視線をくっきりと感じた。人種どころか出自世界の異なる俺の輪郭に興味を示したわけではないと思う。人々の目先は俺を素通りし、その焦点はリコットに集まっている。

「ね、ねえ、ハルト。私たち、なんだか凄く注目されてない? 迷惑な現れ方したから?」

 頭の上に疑問符を浮かべながらきょろきょろと忙しないリコット。

 俺は彼女の手を引いて、周囲の目から隠すため、俺の前に立たせた。

「うひゃ、ちょ、っと、いきなり何?」

 少し身を離し、首で振り返って非難の視線。

「注目を浴びてる理由。俺たちの格好が原因だと思う」

「え?」

 と一瞬呆けた顔。次の瞬間には沸騰していた。声にならない悲鳴を上げ、俺の腹になかなかの痛撃。背中からぶつかってきたリコットは石畳の導水線を眺めた。背中の破けた面を隠すため、俺のシャツを掴んで羽織るように身を縮める。背が丸くなる。服が伸びそう。

「な、なななんで言わなかったのよ!?」

「俺、今気づいた」

「じゃあなんで片言なのよ! ほんとは面白がって見てたんじゃない!?」

 言葉が拙いのは距離が近すぎるせいです。こう、別に嫌じゃない汗の香りが……やめよう。どうにも変態的だ。

「とりあえず、先を急ごう。ディラントさんを見失いそうだ」

 ため息。

「今日は厄日ね……早く帰りたい……」

「そうだな……」

 俺たちが歩みを再開すると、集まっていた視線は自然と外れていった。そこらに残留する粘着質なものもいくつかあるが、そいつは単に、縦にくっ付いた変則二人三脚が珍しいだけだろう。歩きづらい。

 街を夜風が吹き抜ける。霧のぼんやりが空気に紛れて消える。

 ばくばくとうるさかったリコットの鼓動が静まるにつれ、俺の視界も広がっていく。景色が目に飛び込んでくる。

 空から見えた街明かりは、石造りの家々と地面を照らす街灯の光。土固めの円柱の先っぽにガラスの檻が付いている。光源はそこ。公道の清潔さとも併せて見れば、近代的な街並みを連想しなくもないのだが――橙の光の源になっているのは、多分、魔法の炎だ。燃料の影がどこにも見えない。増幅されているらしい光の帯が星を覆い隠してしまう。

 家の構築は簡潔簡素。機能美を追求し、いかに効率よく土地を使うかに終始している。階層は高くとも三階建て程度。だから、対人防壁としては高すぎる灰色の城壁がより際立っていた。幅広い道を古臭い馬車が走る様子も加えれば、産業革命以前の風景。

 異なる技術体系で発展してきた社会を科学の杓子定規で計るのはそもそも無粋だろう。

 景色が変わった。街の大部分を構成していた石が木や土に変わる。平屋建てが多くなる。明確に区分された、貧民街。とはいえ、どこぞの国のスラムに比べれば綺麗なものだ。星が良く見える。

「商店やらが一軒もないんだな」

「東区は住宅区画だもの。買い物がしたいなら南のほうまでいかないと何もないのよ」

 区画整理が大好きな国らしい。

「ふうん。それで、俺たちはどこに向かってるんだ?」

「どこって、当然、研究所よ」

「はあ? 住宅区なのに研究施設があるのか?」

「色々あって、こっちに移って来たんだって。最初は城壁の中にあったんだけど、そこで火事騒ぎを起こして、壁の中の空気が焼かれて危うく王様が死に掛けて――。農業区の外れに移したら、土壌汚染で作物が全滅して――。商業区に移したら異臭騒ぎで商売あがったり。最終的に西住宅区の外れに移ってきたって」

 とんでもねえ組織だな。そこの所長のディラントは然るべき変人ということか。そのうち人体実験とか始めるんじゃないの。あ、もうやってるか。

「ほら、見えてきた。あれ」

 俺のシャツから手を離して指差す方向を見てみれば、遠くにぽつねんと立つもの寂しげな建物が一棟。町外れどころかもはや離島と言った風情である。まるで汚物扱い。

「でも外観は綺麗なんだな」

「でもの前にどんな言葉がくっ付いてたのか気になるけど、最近できたばっかりだから」

 要は短いスパンで何度も建て直しをするくらい騒ぎを起こしているということで、

「この辺りに住む人は大変だ」

「ここではまだ何もしていないし、大変でもないよ。お陰でいち早く仕事の情報貰えたりするし」

「それのせいで死に掛けたんじゃないの。何もしてないって、してるじゃん」

「報酬に色つけてくれるみたいだし、結果的には死ななかったし、いいじゃない」

 あっそ。なんか、金の話に置き換えられると途端にあほらしくなってくるな。そんなに金が大事か。金が大事か。金は大事か。まして、彼女は貧民街に住んでいるようだし。

 どちらにせよ、俺のやることは変わらない。彼女の運命に付き従って、身を呈して守るだけだ。ところでこれ、どこまで行けばゴールなんだろう。

 そんなことを考えている間に、俺たちの道行はひとまずのゴールにたどり着いた。

 窓という窓からげぼげぼと光を吐き出す魔法研究所。どうやらこの世界でも研究者という人種は夜行性であるらしい。

「いや、ここまでお疲れ様でした。私、今日一日だけで一月分くらい歩いた気がしますよ」

 とディラント。あんたテレポートしかしてなくね? 

「おっと、とりあえず中にどうぞ。客室まで案内しますのでね」

 横着にも風の魔法で扉を開いたディラントに誘われ、奇人変人の巣窟へ入り込む。

 その内部は雑然としていた。いや、廊下などは一見綺麗なのだが、ガラスの向こう、研究室にある木棚や本立てに質の悪い紙がこれでもかと詰め込まれている。とりあえずガワだけ取り繕いました感が、人の内臓みたいで気持ち悪い。

 廊下を歩きながら、たまたま床に落ちていた一枚を拾い上げる。印字はプリンタで出力したように綺麗だった。水で宙に魔法陣を描いていたように、文字を刻む魔法があるのかもしれない。意外なことに、字は読めなかった。勝手に翻訳されるのは口語のみなのか。

 ふと、片手で掴まれたままのシャツが引かれる。

「私にも見せてよ」という声に従い、目の前に持っていた紙を下げてやる。「げ」と全く女の子らしくない声。「もういい……」

「なに、読めなかった?」

「馬鹿にしないで。読める、読めるけど、読んでも意味が分からないのよ。どうして魔道書の類ってこう専門用語が多いのかしら」

「魔道書なんだ。読めもしないから分からなかったな」

「……そっか、ハルトは異国人なのよね。綺麗に話せるだけで凄いと思うわ」

「いや、まあ……」

 それは俺の努力の成果でもなんでもないんだけど。

 精神の乱れが足元に伝って、リコットを巻き込んで転びそうになりながらも、俺たちは目的の扉を叩いた。ディラントの後に続くと、その部屋の中にはほっとした顔の白衣が一人、二人。

 ディラントと二言三言言葉を交わすと、白衣のうち女性の方がこちらに会釈をしながら部屋を出ていった。男の白衣はその場に留まり片手に余る大きさの布袋を大事そうに持っている。白衣が、

「どうぞ、おかけください」

 と言った。背もたれのない丸イスに躊躇しながら、壁を背負って座ったリコット。俺も続く。

「お二人ともお疲れでしょうから、手早く済ませましょう」

 そうディラントが言うと、立ったままこちらに向かっていた二人が同時に腰を折る。その動作を謝罪の言葉で結ぶ。俺は謝られえる謂れもないので、軽くそっぽを向いていた。

 それからしばしリコットとディラントの言葉の交換があって、隣に座る守銭奴の気配が劇的に変化するときが来た。

「では、今回の報酬をお支払いします。迷惑料と……謝礼を含んだ額ですので、ちょっとしたものですよ。帰り道、スリに会わぬようお気を付けください」

 ディラントが茶化してそう言うとリコットに白衣が近づき、手に持っていた布袋を差し出した。パンパンに膨らんだソレが全て金だとすれば、確かにちょっとした額なんじゃないか。リコットは満足そうな顔で布袋を受け取り、ひもを解く。

 さぞいやらしい顔で中身を見るのだろうと思っていたのだが、違った。金属の反射光を表情に受けたリコットは、ひどく寂しそうな顔をした気がする。もっともそう見えたのは一瞬の事で、次の瞬間には満足そうな顔に回帰していた。見間違いだった……だろうか。

「ハルトさんにも、こちらを」

「え、俺にも戴けるんですか」

「ええ、あなたにも多大な迷惑をおかけしましたから。と言っても、私たちは研究にもお金が掛かる上、転移の触媒に使った魔力水も非常に生産効率の悪いもので。迷惑を掛けた相手に渡す謝罪金も資金を圧迫していますから、たいしたものは渡せないのですが」

 やっぱ、とんでもない組織だな。

「では、こちらをどうぞ」

 迷惑をかけられたのはリコットだけで、俺は関係ないのだが……まあ、もらえるものは貰っておこう。今後どうなるにしても、先立つものは必要だ。

「ありがとう、ございます」

 受け取った、紙片二枚。紙幣通貨かと思ったのだが、それにしては数字らしき文字がない。体裁からして、通貨臭さを感じないのだ。なんだこれ、名刺? 

「見た限り、ハルトさんは異国の方のようですから、きっと役に立つと思いますよ」

「はあ、なんですかこれ」

「一枚がこの国の滞在許可証、一枚が関の税免除証となっています。恥ずかしい話なのですが、初期の転移実験の際にも何度か他国の方に迷惑をおかけした事がありまして。運営資金が底を突いたとき、王政府からこちらを渡すようにと……」

 やっぱこの組織解体したほうが良いんじゃないのか。外交問題に発展する日も近い。というか、発展してない事が不思議なくらいだ。

「それから、できればお二人には明日も顔を出していただきたいのですよ」

「どうしてですか」とリコットが尋ねる。

「本日魔力走査をした限りでは異常など見当たらなかったのですが、遅効性の何かが表われる可能性もありますので。安全のため、できればお願いします」

 できればもう二度と近づきたくなかったところである。

「それなら、分かりました。また明日来ます」

 リコットは頷き、

「今日はもう帰ってもいいですか? 家族が待ってると思うので」

 と言ったところで、タイミングよく扉が開く。リコットは反射的に飛び退いた。熊の突進を躱したときもこんな動きをしていたのだろうか。背中を壁に貼り付ける。隠す。

 入室してきた白衣の女性は気の毒なくらい驚いた顔をする。まあ、隣に座っていて事情も分かってる俺でも驚いたくらいだから、気持ちは分かる。

「あ、あの、所長、お持ちしました」

 と怯えながら言った彼女の手に、白い布が二枚。白衣だろう。

「お二人とも衣服が酷いことになっていますから、こちらを着てお帰りください」

 ディラントの手から、俺たちに白衣が手渡され――。

 いや、街中でこれを着るのは、これはこれで恥ずかしいんだけど。

 とはいえ選択肢もない。翠の瞳と目を見合わせ、同時に曖昧に逸らし、衣擦れの音。

 これでこの場に白衣が五人。勘弁して欲しい。

 勘弁して欲しかったので、俺たちはそそくさとその場を後にする。帰る旨を伝え、白衣二人のお辞儀に見送られ、先んじたリコットが扉に手をかけ、そして――。

 蛇のように絡みつく、視線。

 背筋を虫が這い上がった。これは、狼や熊の視線に内在していた、獲物を見る目だ。捕食者の瞳が、俺を――いや、俺の背中を貫通して、リコットの背を見ている。

 思わず振り返った。

 驚き、疑問符を頭に浮かべる白衣二人に挟まれて、柔和な笑みを浮かべるディラント。

「どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない、です。失礼します」

 目を戻すと、リコットの背はその場から居なくなっていた。当然、這うような視線も霧消する。

 俺は首肯して、その場を後にした。

 病的に疑心暗鬼になっているのだろうか。自分の感覚ほど信じられないものはない。欲に染まった視線を感じたなど、まるで偏執病の初期症状だ。まあ、どちらでもいい。ディラントははじめのはじめのはじめから気に入らなかった。わざわざ気にかけずとも、目に入ってしまうくらいには。

 とりあえず、しばらくはリコットから目を離さないようにしよう。そう思い、顔を上げて、気づく。俺はリコットを見失っていた。細い背中がどこにも見えない。

「あ、まずい」いろんな意味で。

 出口までは一本道だ。つやつやした廊下に、駆け足が響く。そこまで広い建物ではない。すぐ出口にたどり着いてしまう。走る勢いそのままに扉を押し開けた。

 闇が俺の目を塞ぐ。人工灯の光に慣れてしまった目には、もはや何も見えないと言っても過言ではない。離島に漂う研究所周辺に街灯があるはずもなく、真の夜闇はこんなにも暗いのかと思う。

 俺は灯台のようにかすかに灯る街明かりへ向けて再度駆け出した。足元もおぼつかない。

 ようやく通行人の姿が見える場所まで移動して、ふと妹が迷子になったときの情景が蘇る。

「リコットー、おーい、リコットー!」

 通行人の胡乱な視線。もう夜なのに迷惑な奴だな、リコットって誰だよ。しらね。多分そんなことを喋っている。迷子センターがないのだから仕方ない。

 俺は大きく息を吸い込んだ。早く見つけるコツは、とにかく大声である。そのうち向こうから寄ってくる。けれど見つけた後、相手が不機嫌になってしまう諸刃の剣だ。

「リコッ――!」

「やめなさいっ!」

 衝撃は背後からきた。膝裏を堪え切れない衝撃が遅い、俺は地面に膝蹴り。膝を砕かれ悶える。

「あ、あああなた、羞恥心がないの!?」

 案の定、不機嫌な様子。

「ご、めん、はぐれたみたいだったから。でも見つかってよかっただろ」

「ハルトがろくに探さなかっただけ! 研究所の扉のそばに居たのに、いきなり走り出して……」

「ああ、そうなんだ」

 見えなかっただけだったのか。それは悪いことをした。

「だいたい、よく考えたら私たちが同行する意味も、もう無いのよね」

 と、不機嫌のままにそう言い放つリコット。

「いや、ソレは困る」

 俺はまだ約束を果たしていないのだから。

「……どうしてよ」

 と言うリコットの表情は街灯の逆光を背負っているせいで見えなかった。機嫌の善し悪しさえも分からない。身を起こす。白衣に付いた土を払う。

 どうして、の問いに正直に答えると変人扱い待ったなしなので言わないが、同行しなければならない俺の事情なら言葉にできる。こちとら切羽詰っているのだ。

「あー、あのさ、こういうの凄く言いづらいんだけど……」

「なに?」

「あれの事、凄く大事にしてるみたいだったし、こんなこと頼むの、本当に心苦しいんだけど」

「だから、なに……」

 何かに気づいたように、リコットの言葉が止まる。俺の目もようやく闇に慣れてくる。少しの朱を浮かべたリコットの表情が見えてくる。彼女は背中を庇うように飛び退いた。

「ま、まままさか、助けた礼を体で払えとか言うんじゃないでしょうね! 冗談じゃないわ。そんなことになるくらいなら、熊の餌にでもなったほうがマシよ!」

 そこまで言う? いや、とにかく、背中の件が尾を引いている彼女の勘違いを訂正しないと。

「そうじゃなくてさあ、つまり、まあ……」

「な、なによ。まさかもっと――」

 言いよどむほどに勘違いが加速してしまいそうなので、さっさと言ってしまうことにする。

「俺、金が無いんだ。いきなり放り出されたし、貰える物は貰うつもりで貰えなかったから」

 言い辛いのはこの先だ。

「だから…………お金貸して?」

 その言葉を聴いたリコットは、この日一番の嫌そうな表情を見せた。

 卑しい言葉に聞こえるけど、死活問題ですよ? 

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