第7話 頭の使い方を知らなかった男
「頭、か……」
俺は自分の部屋でつぶやいた。
体は変えた。
二年かけて、作り直した。
実戦でも通用した。
だが、それだけじゃ足りない。
「結局、頭だろ」
社会で勝つ人間は、力じゃない。
考える力を持っている。
判断する力を持っている。
選ぶ力を持っている。
俺には、それがなかった。
いや――
使ってこなかった。
「……何からやる」
机の前に座る。
ノートを開く。
ペンを持つ。
だが、手が止まる。
「……何も出てこねぇな」
苦笑する。
これが現実だ。
体は鍛えれば変わる。
だが頭は違う。
何をどうすればいいのかすら、分からない。
「……」
ふと、あの部屋を思い出す。
一日で一年。
逃げ場のない時間。
「……使うしかねぇか」
俺は立ち上がった。
迷いはない。
親父の部屋へ向かう。
ドアの前に立つ。
「……今度は、頭だ」
ノブに手をかける。
そして――
扉を開けた。
――一年後。
「……は?」
思わず声が出た。
机の上。
ノートが山積みになっている。
本も、積まれている。
いや――
読まれている。
付箋だらけだ。
書き込みだらけだ。
俺は一冊、手に取る。
ページを開く。
「……読める」
当たり前のはずの感覚。
だが違う。
理解できる。
流れが見える。
構造が分かる。
「……なんだこれ」
次々にページをめくる。
頭に入ってくる。
ただ読むんじゃない。
考えながら読んでいる。
「……思い出せる」
その瞬間。
ズキン、と頭が痛んだ。
そして――
流れ込んできた。
一年分の記憶が。
机に向かい続ける俺。
眠気と戦う俺。
分からなくて、何度もやり直す俺。
ノートを書き直し続ける俺。
そして――
気づいた瞬間。
「ああ、そういうことか」
記憶の中の俺が、そうつぶやいた。
ただ覚えるんじゃない。
ただ読むんじゃない。
理解する。
「……構造、か」
言葉が自然に出る。
点と点がつながる感覚。
バラバラだった情報が、一つになる感覚。
それを、俺は一年かけて身につけた。
「……今までの俺、何やってたんだ」
思わず笑う。
勉強ができなかったんじゃない。
やり方を知らなかっただけだ。
「はは……」
笑いが止まらない。
今なら分かる。
なぜ、あいつらは仕事ができるのか。
なぜ、差がつくのか。
才能じゃない。
センスじゃない。
「……考えてるかどうか、か」
静かにつぶやく。
俺は今まで、考えていなかった。
与えられたことをやるだけ。
言われた通りに動くだけ。
それが「普通」だと思っていた。
だが違う。
「……面白ぇな」
世界の見え方が変わっている。
同じものを見ているはずなのに、
全く違うものに見える。
「これが……知識か」
いや、違う。
知識じゃない。
思考だ。
俺はゆっくりと立ち上がる。
体は強い。
そして今、頭も変わった。
「……揃ってきたな」
小さくつぶやく。
まだ足りない。
だが、確実に前に進んでいる。
親父の部屋のドアを見つめる。
「次は……」
知識を手に入れた。
なら次は、それを使う番だ。
「現実で試すか」
静かに笑う。
この世界で。
この社会で。
どこまで通用するのか。
俺は、確かめたくなっていた。




