第6話 数字が現実を裏切るとき
ゲームセンターの自動ドアが開く。
懐かしい音と、光。
学生の頃、何も考えずに遊んでいた場所。
だが今は違う。
「……試すか」
視線の先に、それはあった。
パンチングマシン。
古びた筐体。
だが、前には人だかりができている。
「うお、すげぇ!」
「今の800いってたぞ!」
若い連中が騒いでいる。
一人の男が拳を振り抜く。
ドンッ!!
重い音。
表示された数字に、歓声が上がる。
「820!?やば!」
「バケモンだろ!」
俺は少し離れた位置でそれを見ていた。
「……800か」
高いのかどうか、分からない。
ただ一つ言えるのは――
「全力じゃないな」
そう感じた。
体がそう言っている。
あの程度じゃない、と。
「次、誰かやる?」
店員が声をかける。
誰も前に出ない。
さっきの数字で空気が止まっている。
「……じゃあ、やるか」
自然と、足が前に出た。
周りの視線が集まる。
「え、おっさん?」
「大丈夫かよ」
小さな笑い。
気にならない。
むしろ、ちょうどいい。
俺はマシンの前に立つ。
拳を軽く握る。
「……」
力を入れない。
むしろ抜く。
あの路地で感じた感覚。
“当てる”だけでいい。
それを思い出す。
「準備いいですかー?」
店員の声。
軽く頷く。
「じゃ、いきまーす!」
カウントが始まる。
3
2
1
――今だ。
踏み込む。
無駄な力を抜いたまま、
体の連動だけで拳を走らせる。
ドン。
鈍い音。
いや――
一瞬、音が遅れて聞こえた気がした。
画面が点滅する。
ピッ、ピッ、ピッ――
「……え?」
誰かがつぶやく。
数字が、止まらない。
900
1000
1100
「は?」
ざわめきが広がる。
まだ上がる。
1200
1300
「ちょ、壊れてんじゃね!?」
店員が慌ててマシンを見る。
だが、止まらない。
そして――
1450
ピッ、と音がして、表示が止まった。
沈黙。
一瞬、誰も声を出さない。
「……は?」
さっき820を出した男が、固まっている。
周りの連中も同じだ。
「え、なにこれ……」
「見た?今の……」
「いや、ありえねぇだろ……」
俺は、自分の拳を見た。
痛みはない。
むしろ、何も感じない。
「……こんなもんか」
小さくつぶやく。
その一言で、空気が弾けた。
「は!?こんなもんって!」
「やべぇだろこのおっさん!」
「動画撮れ動画!!」
一気に人が集まる。
スマホが向けられる。
フラッシュ。
ざわめき。
さっきまでとは、明らかに違う視線。
嘲笑じゃない。
恐れと興奮が混じった視線。
俺は一歩、下がる。
「……」
分かった。
はっきり分かった。
この力は――
現実を超えている。
二年。
たった二年。
だが、その二年で、
俺は“普通”の外に出た。
「……面白いな」
口元が自然と緩む。
だが同時に、思う。
この力を、どう使う?
見せびらかすためか?
違う。
さっき、答えは出ている。
「……帰るか」
騒ぐ周りを無視して、その場を離れる。
背中に視線を感じる。
さっきまでとは違う世界。
だが――
まだ始まったばかりだ。
外に出ると、夜の空気が冷たい。
「……次は」
静かにつぶやく。
体は作った。
実戦も試した。
なら――
次にやることは決まっている。
「頭、だな」
知識。
思考。
戦い方。
本当の意味で人生を変えるなら、
必要なのはそこだ。
俺は振り返る。
暗闇の中にある、あの部屋。
「まだ使える」
そう確信する。
この力は、ただの力じゃない。
人生そのものを変える力だ。
そして俺は、再び歩き出した。
次の一年へ。




