第2話 一年後の俺
目を覚ましたとき、天井が見えた。
見慣れた天井だ。
親父の部屋の天井。
「……あれ?」
体を起こす。
俺は床に寝転んでいた。
どうやら、そのまま眠ってしまったらしい。
「……寝落ちか」
立ち上がろうとして、違和感に気づいた。
体が軽い。
妙に軽い。
肩を回す。
首を回す。
背筋を伸ばす。
「……なんだこれ」
体が、信じられないくらい動く。
まるで長年の疲れが全部消えたみたいだ。
それだけじゃない。
頭の中も妙にクリアだった。
昨日までのモヤモヤが、嘘みたいに消えている。
俺は部屋の中を見回した。
何も変わっていない。
机。
本棚。
カレンダー。
そして――
机の上のメモ帳。
俺はゆっくり近づく。
そこには、昨日見た文字がそのまま残っていた。
――この部屋は、一日で一年くれる。
「……そんなわけないだろ」
苦笑する。
だが、そのとき。
机の横に置かれていた鏡に、ふと自分の姿が映った。
「……え?」
俺は鏡の前に立った。
顔は、俺だ。
間違いなく俺だ。
だが――
体が違う。
腹。
胸。
腕。
明らかに、筋肉がついている。
中年のだらけた体じゃない。
鍛えた体だ。
「……なんだよこれ」
思わずシャツをめくる。
腹筋が割れている。
しかも、うっすらじゃない。
はっきりと形が分かる。
俺は昨日まで、腹が出た中年だったはずだ。
それが今は――
明らかに一年くらいトレーニングした体になっている。
「……は?」
意味が分からない。
夢か?
いや、夢じゃない。
頬をつねる。
痛い。
俺はゆっくりと部屋のドアを開けた。
階段を降りる。
リビングに出る。
実家の様子は何も変わっていない。
窓の外を見る。
朝だ。
昨日と同じ朝。
スマホを取り出す。
日付を見る。
「……昨日?」
昨日の日付のままだ。
つまり――
外では、一日も経っていない。
だが、俺の体は違う。
俺はゆっくりとつぶやいた。
「……まさか」
机のメモが頭に浮かぶ。
――この部屋は、一日で一年くれる。
背筋にぞくりとしたものが走った。
そんな馬鹿なことがあるわけがない。
だが、もし――
もし本当に。
この部屋が一年くれるとしたら。
俺は静かに拳を握った。
「……人生、やり直せるのか?」
努力できなかった45年。
だが、もし一年があるなら。
一年あれば、人は変われる。
いや――
一年が何度もあるなら。
俺はゆっくり振り返った。
階段の上。
親父の部屋のドアが、静かに閉まっている。
まるで、
「もう一度入ってみろ」
と言っているみたいに。




