第15話 利益で本社を黙らせた日
「今月から、この売り場を強化する」
会議室の空気が少しだけ重くなる。
本社のバイヤーが持ってきた資料には、大きく売上目標が書かれていた。
前年対比110%。そのための施策として、例の商品を“前面展開”するという。
見覚えのある商品だった。
売れないわけじゃない。だが、あの数字を見た今となっては、手放しで賛成できるものでもない。
「……どう思う?」
店長が小さく聞いてくる。
「正直に言っていいですか」
「いい」
短く答えが返る。
俺は資料に目を落としながら口を開いた。
「この施策、売上は上がります。でも、利益は下がります」
一瞬、空気が止まる。
バイヤーが顔を上げた。
「……根拠は?」
感情はない。完全に“上からの視線”だ。
だが、もう怖くはない。
「この商品の原価、仕入れ条件、回転率を見れば分かります」
資料の一部を指で叩く。
「まず原価が高い。販促で値引きをかけると、粗利はほとんど残りません」
ページをめくる。
「さらに、回転が遅い。前面に出せば一時的に売れますが、その後は在庫が滞留します」
静かに続ける。
「結果として、廃棄や値引きが増えて、トータルで利益は落ちます」
沈黙。
会議室の全員がこちらを見ている。
「……それは仮説だろ」
バイヤーが言う。
「売上が上がれば、結果的に利益もついてくる」
その言葉に、少しだけ間を置く。
そして、はっきりと言う。
「ついてきません」
空気が一段冷える。
「……言い切るのか?」
「はい」
迷いはない。
「なぜなら、すでに同じ構造の商品で数字が出ているからです」
手元の資料とは別の紙を出す。
ここ数日の売り場データをまとめたものだ。
「この商品、条件がほぼ同じです」
売上推移、原価率、廃棄率。
一つずつ指でなぞる。
「売上は伸びています。でも――」
少しだけ間を置く。
「利益はほとんど増えていません」
バイヤーの表情がわずかに変わる。
「むしろ、廃棄が増えてマイナスの日もあります」
会議室が静まり返る。
店長が小さく息をのむのが分かった。
「……じゃあ、どうする」
低い声で聞かれる。
試されている。
だが、それすら心地いい。
「やることはシンプルです」
俺は別の資料を差し出した。
「利益が出ている商品の前面展開に切り替えます」
指で示す。
「こちらは原価が低く、回転が速い。多少売上が落ちても、利益は確実に残ります」
さらに続ける。
「加えて、先ほどの商品は展開を絞り、在庫リスクを下げます」
一瞬、間を取る。
「売上ではなく、“利益を最大化する配置”に変えます」
沈黙。
長い沈黙。
やがて――
「……数字、合ってるな」
誰かが小さくつぶやく。
バイヤーが資料を見直している。
何度も、何度も。
「……」
やがて顔を上げる。
さっきまでの余裕は消えていた。
「……このデータ、いつ取った?」
「ここ数日です」
「……」
さらに沈黙。
そして――
「……分かった」
低く言う。
「その案でやってみろ」
会議室の空気が一気に変わる。
「ただし」
バイヤーが続ける。
「結果が出なければ、元に戻す」
「問題ありません」
即答する。
むしろ、その方がいい。
結果で証明できる。
「……面白いな」
小さくつぶやく声が聞こえた。
誰の声かは分からない。
だが、もうどうでもよかった。
会議が終わる。
部屋を出た瞬間、田村が横に並ぶ。
「……やるじゃねぇか」
ぼそっと言う。
「別に」
軽く返す。
だが、内心は違う。
はっきり分かっていた。
「……通用したな」
小さくつぶやく。
売り場だけじゃない。
本社にも。
数字で見て、構造で考えれば、立場なんて関係ない。
正しい方が勝つ。
「……次は」
ふと、頭に浮かぶ。
数字は分かった。
利益も見える。
だが――
「契約は?」
条件。
取引。
ルール。
そこを押さえれば、さらに上に行ける。
「……まだ足りないな」
小さく笑う。
だが、焦りはない。
やることは分かっている。
積み上げればいい。
それだけだ。
廊下を歩きながら、空を見上げる。
「……いい流れだな」
思わずそう口に出た。
ただのサラリーマンだったはずの自分が、今は違う場所に立っている。
だが、まだ途中だ。
ここから先は――
もっと面白くなる。
そう確信していた。




