第13話 簿記3級、世界の見え方が変わった日
「……やるよ」
あのときの田村の顔が、ふと頭に浮かぶ。
売れたら現場に立つ――
そう言わせた約束。
半信半疑だった周りの視線も、あの瞬間で変わった。
「……」
小さく息を吐く。
だが、あれで終わりじゃない。
売れた理由を“説明できなければ”、ただの偶然と変わらない。
「100円で仕入れて、150円で売る。だから50円の儲けだろ?」
ノートに書く。
最初は何も疑っていなかった。
それが当たり前で、それ以上でもそれ以下でもないと思っていた。
だが、書いた瞬間に違和感が生まれる。
「……本当にそうか?」
もし売れなかったらどうなる。
在庫として残り、100円は戻ってこない。
廃棄すれば、そのまま損になる。
「じゃあ、利益って何だ?」
ペンが止まる。
売上は分かる。だが、“何を引けばいいのか”が分からない。
「……俺、分かってなかったな」
小さくつぶやく。
売れているのに儲からない。忙しいのに楽にならない。
あの違和感は、全部ここに繋がっていた。
ノートに書く。
利益=売上−費用
シンプルだが、問題は中身だった。
仕入れだけじゃない。人件費、家賃、廃棄、広告費。
見えていなかったコストが、少しずつ浮かび上がる。
「……全部、引くのか」
その瞬間、さっきの“50円の儲け”という考えが崩れる。
むしろ、条件次第では赤字になる。
「……あ」
そこで気づく。
「これ、ただの記録か」
金がどこから来て、どこへ行ったのか。
それをズレなく残しているだけ。
だから右と左に分ける。
「……そういうことか」
一気に理解が進む。
さっきまで意味不明だった仕訳が、普通に読める。
試算表も、流れとして見える。
問題を解く。間違える。
だが今回は違う。
「どこでズレた?」
原因が分かる。
「説明できるか?」
できるまでやる。
「……これだな」
最初にやっていた暗記は、ほとんど意味がなかった。
読むだけでは残らない。説明できなければ、使えない。
ノートの端に書く。
読むな。説明しろ。
それだけで、勉強の質が変わった。
数ヶ月が過ぎた頃には、問題を見ただけで流れが分かるようになっていた。
売上、原価、利益。それぞれがどう繋がるのかが見える。
「……見えるな」
小さくつぶやく。
あの売り場を思い出す。
売れている商品。だが回転が悪く、原価も高い。
廃棄も出ている。
「……利益、残ってないな」
感覚じゃない。数字で分かる。
そのとき、少しだけ背筋が冷えた。
これはただの勉強じゃない。
“見抜く力”だ。
「……なるほどな」
小さく笑う。
これを知らないまま働いていたら、どうなっていたか。
売上だけを追い、忙しさに満足し、気づかないまま消耗する。
「そりゃ、負けるよな」
ぽつりとつぶやく。
知らないだけで、差がつく。
「……じゃあ、どうするか」
答えはシンプルだった。
「上に行くしかない」
理解する側に回る。使う側に回る。
ゆっくり立ち上がる。
簿記3級は入口にすぎない。
だが、それでも確実に変わった。
「……次は2級だな」
自然と口に出る。
さらにその先も見える。契約、法律、税金。
「……全部、繋がるな」
少しだけ笑う。
一つ手に入れると、次が見える。
まるでゲームみたいだ。
「……いいじゃねぇか」
ドアの前に立つ。
現実に戻れば、まだ一日も経っていない。
だが、自分の中では確実に積み上がっている。
「……次は、もっと証明するか」
小さくつぶやく。
売るだけじゃない。
理解して、再現する。
それを見せつける。
ドアを開ける。
世界は同じはずなのに、見え方が違う。
それだけで――
十分だった。
【習得状況】
・日商簿記3級:理解完了
・日商簿記2級:理解度 約60%




