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死んだ親父の部屋は1日で1年進む 〜45歳サラリーマン、人生をやり直す〜  作者: ズッキー


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10/20

第10話 3億の赤字を止めた男

「佐藤、会議室来てくれ」


昼過ぎ。


上司の声が、いつもより低かった。


「……はい」


席を立つ。


周りの視線が刺さる。


昨日の会議から、明らかに空気が変わっている。


――会議室。


ドアを開けた瞬間、分かった。


「……」


部長。


そして――本社の人間。


空気が違う。


「座ってくれ」


部長が短く言う。


俺は静かに席に着いた。


「本社商品企画部の山本だ」


男が名乗る。


「今回の件、少し話を聞きたくてね」


やはりそれか。


「さっそくだが」


山本が資料を机に広げる。


「来期立ち上げ予定のPBスキンケアラインだ」


PBプライベートブランド


自社開発商品。


会社としては“勝負案件”だ。


「初年度売上、20億を見込んでいる」


……でかいな。


地方チェーンにとっては、明らかに主力案件だ。


「既に製造委託先は内定。ロットは初回10万本」


ページをめくる。


価格。


原価。


販促費。


在庫計画。


――一瞬で見える。


「……」


ああ、ダメだな。


完全に。


「どう思う?」


山本が聞く。


試されている。


だが――


迷いはない。


「このままだと、初年度で最低3億の赤字出ます」


沈黙。


一瞬で空気が凍る。


上司が息を止める。


部長が腕を組む。


だが、止まらない。


「理由は三つです」


指を立てる。


「一つ目。ターゲットと価格がズレてます」


資料を指で叩く。


「30代後半〜40代女性を狙ってますよね?」


山本が頷く。


「なのに、価格が1980円」


静かに言う。


「この層は“安さ”じゃ動きません」


誰かが小さく息を飲む。


「中途半端な価格帯は一番売れない」


さらに続ける。


「2000円以下は“安物”。3000円以上でやっと“効果期待ゾーン”に入る」


沈黙。


「つまり今の価格設定は、どの層にも刺さらない」


空気が揺れる。


「二つ目」


ページをめくる。


「原価設計が甘い」


指で数字を追う。


「製造原価が1本620円」


「販促費、物流費、店舗マージン入れると――」


一瞬で計算する。


「損益分岐は販売価格の約85%」


顔を上げる。


「つまり、売れてもほぼ利益出ません」


ざわつきが広がる。


「しかも初回ロット10万本」


静かに言う。


「売れ残ったら、一発で在庫死にます」


完全に空気が変わる。


そして――


「三つ目」


一拍置く。


「競合分析が甘すぎる」


資料を閉じる。


「同価格帯、同コンセプトの商品」


頭の中に並ぶ。


「既に大手が抑えてます」


具体的な棚割り、販促、ブランド力。


全部見える。


「この状態で後発が勝つには、“明確な差”が必要です」


だが――


「それが、ない」


言い切る。


沈黙。


誰も動かない。


「……以上です」


静かに締める。


数秒。


十秒。


空気が張り詰める。


そして――


「……その通りだ」


山本が、低くつぶやいた。


顔を上げる。


その表情は――笑っていた。


「正直に言う」


腕を組む。


「本社でも、同じ議論になってる」


部長が驚いた顔をする。


「ただ、ここまで明確に言語化できた人間はいない」


山本の視線が、俺に刺さる。


「で、聞きたい」


静かに言う。


「どう直す?」


――来たな。


俺は一瞬で答える。


「三点、修正します」


指を立てる。


「まず価格。2980円に上げる」


ざわつき。


「その代わり、成分を一つ“刺さるもの”に振り切る」


「次に、初回ロットを3万本に圧縮」


「テスト販売で回転率見てから拡張」


「最後に販路」


一拍置く。


「最初から全国展開はやめる」


視線を上げる。


「都市部の10店舗限定で“売れる形”作る」


静かに言う。


「そこで勝てたら、横展開」


完全に沈黙。


誰も言葉を出せない。


そして――


「……いいな」


山本が笑った。


はっきりと。


「それなら、勝てる」


部長が息を吐く。


「……佐藤、お前」


上司が苦笑する。


「なんで今まで黙ってたんだよ」


その言葉に、少しだけ間が空く。


「……さあ」


自分でも分からない。


ただ一つ言えるのは――


今の俺は、見えてしまう。


「佐藤さん」


山本がまっすぐ俺を見る。


その目は、完全に変わっていた。


「あなた、本社来ませんか」


はっきりと言った。


「商品企画、任せたい」


――スカウト。


45歳、役職なしの営業に。


普通なら、ありえない。


だが――


「……」


心は静かだった。


むしろ思う。


当然だろ、と。


その瞬間。


ふと、違和感が走る。


周りの人間の動き。


会話。


反応。


――遅い。


「……」


一瞬、眉をひそめる。


まただ。


この感覚。


自分だけが先に進んでいるような感覚。


「返事はすぐじゃなくていい」


山本が言う。


「だが――」


少しだけ間を置く。


「あなたのレベルは、ここじゃない」


その言葉が、妙にしっくりきた。


「……考えさせてください」


静かに答える。


それが今の答えだった。


会議室を出る。


ドアが閉まる。


静寂。


「……3億か」


小さくつぶやく。


もし気づかなければ、確実に出ていた数字。


だが、それを止めた。


たった数分で。


「……面白ぇな」


口元が緩む。


人生が、動き出している。


だが同時に――


「……ズレてきてるな」


小さくつぶやく。


強くなるほど、離れていく。


それでも――


「止まれねぇな」


俺は歩き出した。


もう、元には戻れない。

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