表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雨シリーズ

そよいだ風に、ひかり咲く

作者: つな△まよ

「ふんふんふーん」


高地に繁る深い森。

開けた場所に、こじんまりとした小屋がひとつ。

二階建ての、丸太を積み重ねて造られた家。

家の前に広がる庭と小さな畑を、空から降り注ぐ光が柔らかく照らしていた。


まるで森の一部をくり抜いたような、空間。

そんな静かな場所で、ひとりの少年が家族と暮らしていた。


「フィン」


少年の小さな角の下にある大きな耳がぴくりと動く。

ぴたっと鼻歌を止めて、その声に振り向いた。

ふわふわのアイボリーの髪が揺れて、ちょこんと垂れた眉が覗く。


萌木色のまんまるの瞳が、声の主を見つけてぱっと輝いた。


「おじいちゃん!」


フィンと呼ばれた少年は顔に花を咲かせて、声の元にぱたぱたと駆け寄る。

穏やかな笑みを浮かべた老人が、家の扉の前に立っていた。


フィンは駆け寄るなり、祖父の足に無邪気に抱きついた。

老人は訪れた温もりにそっと触れる。

シワだらけの手が、柔らかなアイボリーに沈んでいった。


「もう終わったのかい?」


フィンの頭を撫でながら、尋ねた老人。

老人のグレーの瞳が、ゆっくりと庭に注がれた。

視線の先にあるのは、干された洗濯物たち。


「うんっ!」


フィンは祖父の足に埋めていた顔を上げて、大きく頷いた。

「ほめてほめて」と言わんばかりに瞳を輝かせる孫に、老人はスッと目を細めた。


「いつもありがとう。フィン」


祖父の言葉に、口元を緩ませるフィン。

ふっくらとした頬は、桃色に色づいていた。


「あのねっ、ミントが手伝ってくれたの」


フィンがそう言うと、ふわっと風がそよいだ。

老人は、フィンの頭より少し上へと視線を上げた。


「ミント、君も手伝ってくれたのか。ありがとう」


老人が微笑むと、再び風がそよいでフィンの髪がバサバサと揺れた。


「わわっ! ミントがよろこんでる」


フィンも祖父の見つめるその先を見上げた。そこには——


〔ふふん! 困ったときは、いつでも呼んでね〕


小さな妖精が宙を躍っていた。

全身は薄い黄緑色で、体と同じ色の長い髪を揺らしている。


「ミントが『いつでも呼んでね』っていってる」


「そうか」


フィンの瞳が祖父に戻る。

老人は風で四方に跳ねた孫の髪を解かすように指を絡ませた。


「頼もしいよ」


老人の言葉に、フィンの髪が揺らめいた。

フィンはミントを見上げて、「ミントにこにこ〜!」と笑った。

老人も静かに微笑んだ。


「早速だが、

ふたりに頼みごとをしてもいいかい?」


「たのみごとぉ〜?」


フィンがこてんと首を傾げる。

ミントも

〔なになに〜?〕

と首を傾げて、老人の周りをくるくる舞っている。


「今はそこにいるんだね」


老人はミントの動きとは少し遅れて、まるで足跡を追うようにグレーの瞳をすべらせた。


「おじいちゃん、たのみごとってぇ〜?」


祖父の服の裾をくいっと引いて、フィンは大きな瞳ではるか上を見上げた。

老人は「うむ」と口先を鳴らした。


「近々、『特別なお客さん』がやってくる」


老人は言葉を止め、やさしげな瞳を孫から外す。

鼻先で空気を撫でるようにゆっくりと、

家の前に広がる森へと顔を向けた。


「『特別なお客さん』? だあれ?」


フィンは数秒前と逆に首を傾げた。

そばでミントも頭に疑問符を浮かべながら、体を大きく逸らしている。


老人は孫の仕草をグレーの瞳だけで追うと、

視線の先に引き寄せられるように、アイボリーの頭に鼻先を戻した。


「さて、誰だろうね」


祖父の言葉に、きょとんと目を丸くするフィン。


〔なにそれー!〕

両手を空に突き上げて、ミントが叫んだ。


「おじいちゃんもわからないの?」


まんまるの目が老人を見つめる。

風がそよそよと、足元の草花を梳いた。


孫の清らかな声に、老人はふっ、と口元を緩めた。

アイボリーに埋めたままの手をすべらせ、

脇から覗く小さな角をそっと撫でると——


「ああ——

異世界からのお客さんだからね」


そう答えた。


フィンとミントの体がピコンッと跳ねた。

まんまるの瞳をさらに大きくするフィンと、口をあんぐり開けるミント。

フィンの口元に紅梅色の半月が姿を現した。


「『異世界』っ?! おじいちゃん、くるのっ? ほんとっ!?」


ぴょんぴょんとフィンが飛び跳ねる。

小さな足が地に戻るたび、青の香りがふわりと辺りに広がった。

目を輝かせる孫に老人は目を細め、静かに頷く。


「早ければ、今日かもしれないね」


老人はそう言って微笑んだ。

瞬間、フィンはぱあっと輝かせて、


「きゃあーーー!!」


庭へと駆け出した。


ぱたぱた、ぐるぐる、ぴょんぴょん。

溢れ出るよろこびが、フィンの体中を駆け巡っていた。


きゃっきゃっと、はしゃぐフィン。

その一方で、ミントは呆然と空に浮かんでいた。


〔異世界人がくるの? ほんとに?〕


「信じられない」と言いたげな顔で、

老人を見つめるミント。


〔精霊さまが、しばらくは来ないって言ってたのに〕


眉間にシワを寄せて唸るミント。

風がゆらゆらと服の裾を揺らしていることに気づいた老人は、姿の見えない妖精にそっと話しかけた。


「ミント。どうしたんだい?」


落ち着いた老人の声。

ミントはハッとして、羽を震わせた。

〔なんでもなーい!〕


揺らめいていた風が、フッと落ちた。


庭を駆け回っていたフィンが、とたとたと老人たちの元に戻ってきた。

わずかに肩を揺らして、小さな手を胸の前でぎゅっと握った。


「おじいちゃんっ! ぼく、なにしたらいいの?」


フィンはちゃんと覚えていた。

はじめに祖父が、

「頼みごとをしてもいいかい?」と尋ねたことを。


フィンに寄り添うように、

ミントもこくこく頷いた。


老人の白髪が混じる象牙色の髪をそよ風が撫でた。

孫と、その傍らに寄り添う風を、

やわらかな眼差しで見つめながら口を開いた。


「二人には、お客さんを迎えにいってほしい」


「頼めるかい?」


フィンとミントは口元をにんまりさせて、お互いの顔を見合わせた。そして——


「はぁーいっ!」

〔まっかせなさーい!〕


フィンは片手を高く天に向けて、

ミントは胸を大きく叩いた。

ふたつの小さな体に、大きな使命が任された瞬間だった。



***


「り・り・リオラ〜♪」


〔リ〜オ〜ラ〜♪〕


弾む声と、楽しげに揺れる風の音が、

静かな森に響き渡る。


ふたりは重要な任務を託されて、深い森の中を歩いていた。

あのあと、老人はこう続けた。


『お客さんがやって来たら、君たちは気づくはずさ』


『迎えはそれから、向かえばいい』


『だがその前に、もうひとつ頼んでもいいかい?』


もうひとつの頼みごと。

それは——


「リオラのはっぱ、ど〜こだっ♪」


森の奥に茂るというリオラの葉を、

ひとつ手に入れてくることだった。


フィンの横をふよふよと浮いていたミントが、

羽を大きくひと振りしてフィンの正面に回り込んだ。


〔さて、フィンくん!〕


「なんでしょうっ ミントせんせい!」


突如はじまった茶番。

それは、フィンが半月ほど前に、

自身の兄としていた掛け合いだった。


ふたりのやり取りに合わせるように、

ひんやりとした風がフィンの白い肌を撫でた。


〔リオラはどんな葉だい?〕


ミントが人差し指をそらして、フィンの鼻をつんっ、と軽くついた。


「しろいっ」


〔正解! あとは?〕


「くるくるっ! ほそぉい糸がいっぱい!」


〔大正解!!〕


ミントは両手を上げてにぱっと笑うと、8の字を描くように空中を飛び回った。

「わぁ〜いっ!」

フィンも腕をかかげて、くるくると回りはじめた。


木々の隙間から差し込む光が、

やわらかくふたりを包み込んでいる。


フィンたちは森に見守られながら、小道を進んでいった。


「ミントは異世界のひとに会ったことある?」


じゃれあいながら歩き続けてしばらく。

フィンはふと、傍らを飛ぶミントに尋ねた。


〔なーい!〕


ミントは羽をはためかせ、

フィンの頭を撫でるようにくるっと周った。

ミントの動きを、首を左右にふって追ったフィンはにこっと笑った。


「ぼくとおんなじだねっ」


弾んだフィンの声にミントはきゅっと動きを止めると、

〔ふんふん〕

にやけた顔で、頬を染めた。


「異世界のひとは、ミント 見えるかな?」


〔さあね?〕


ミントはそっとフィンの肩に腰を下ろした。

老人の頼みに応えたものの、異世界人にはあまり興味がないのか素っ気ない返事をした。


「みえたらいいのになぁ」


フィンは空を仰いで、ぼそっと呟いた。

肩に乗るミントの耳には、当然聞こえている。


〔あたしはフィンだけでいい〕


ミントの言葉に、木々がザアザアと波立つ。

風の機嫌が、ほんの少しだけ乱れた。


少しとがったミントの言葉に、フィンは首を傾げた。


「おじいちゃんは?」


〔モリスは見えてないけど、見えてる〕


〔だから別なの〕


ミントの言葉に、

フィンは「うーん」と眉を垂らした。

首元から伸びるタオルマフラーを、

指先で触れる。


「でも……みえたらきっと うれしいよ?」


フィンは幼いながらに言葉を選んだ。

しかし妖精のミントには、

フィンが言の葉にこめた想いを感じとることはできなかった。


〔だからっ! 見えなくていいの!〕


ミントがフィンの肩から飛び立って叫んだ。

瞬間、

一際強い風が森を突き抜けた。


「わあっ!?」


小さな体には強すぎる風。

フィンは耐えきれず、後ろに倒れ込んだ。

とっさに地面に手をつくが、小さな掌には痛みが走った。


ミントは自身が巻き起こした風の圧に転んだフィンを見て、ハッと羽を大きく広げた。


フィンは俯いてぷるぷると震えだした。

ミントが慌ててフィンに近づこうとしたとき——


「ミントのばかーーっ!!」


フィンがバッと顔を上げて叫んだ。

勢いのまま立ち上がって、森の奥に向かってバタバタと走り去っていった。


〔フィン!〕


ミントがすぐさま追いかける。

しかし、


「ついてこないでっ!!」


振り向いたフィンの瞳から、雨粒が散った。

ミントはフィンの拒絶に、ピタリと動きを止めた。


フィンの叫びを追い払うように、風がびゅうびゅうと吹き抜けた。

湿った空気が、森全体をそっと濡らしていった。



***



「ひっく……ひっく……」


鬱蒼とした森の中に、

とぼとぼと歩く影がひとつ。


フィンは萌木色の瞳を滲ませ、

数歩進んでは大きく肩を揺らした。


じん、と痛む両手を広げて見つめた。

熱を帯びた手のひらに、じわぁと目尻に水たまりが浮かんだ。

口が小さな山を描いた。


「おじぃちゃーん……」


フィンは祖父を呼んだ。

それでも堪えようとして、ポロポロと静かに雨を降らした。


(リオラ、見つけないとかえれない)


祖父を呼んだことで、頼まれたことを思い出した。

大好きな祖父が、託したお願いごと。


「ひっく、ひっく」


フィンは泣きながら辺りを見回して、

白い葉を探しはじめた。


遠くで、森の風がそっと揺れた。


幼い影はひたすら歩く。

左右を交互に振り向いて、見落とさないよう慎重に森をのぞいていった。

しかし、どれだけ探しても辺りは緑ばかりで、

白い葉は一向に見つからない。


「ない……ない……っ」


姿を見せないリオラの葉。

とぼとぼと歩んでいた足がついに止まった。

薄く滲んでいた涙が、再びぽたりと地面に落ちた。

じわりと歪な円が広がって——


「りおら ないぃい〜!!」


「うわぁああん!!」


フィンはとうとう耐えきれなくなった。

空を仰いで、わんわんと泣き叫ぶ。

息を短く吸い込んでは草木の匂いが鼻をついた。


「かえりたいぃい! かえりたいよおお!!」


静寂の森に、悲痛な叫びが響き渡った。

フィンは手を振り回して、行き場のない怒りと悲しみを虚空にぶつけた。


「なんでないのぉっ?!」


フィンはもう帰りたくて仕方なかった。

しかし、小さな体には大きすぎる責任が、少年を苦しめた。


「おじいちゃんっ!!」


「みんとぉおお!!」


フィンが彼女の名前を呼んだ瞬間——


ふわっ。


やわらかな風が、涙で濡れたフィンの頬をそっと撫でた。


〔フィン〕


恋しかった風に、フィンはハッと目を大きくした。


フィンが声のした方を振り向いた。

振り向いた先、

萌木色の瞳に映ったのはミントと、彼女の手の中にある白い葉。


——リオラの葉だった。


「みんと……りおら あったの?」


フィンは目を丸くしながら、か細い声で尋ねる。

ミントは少し気まずそうに、小さく頷いた。

風がそよそよと葉を揺らす。


フィンの瞳が、じーっと白い葉を見つめる。

ミントは一瞬、地面を向いた。

しかし、すぐにフィンに顔を戻すと、

控えめに口の端をきゅっと持ち上げて——


〔モリスのところに 帰ろう〕


穏やかな声で、フィンに語りかけた。


フィンは輝く太陽のように、ぱぁあっと顔を綻ばせた。

まつ毛を濡らす雫が、ぽたりとひと粒落ちて


——萌木の瞳が、晴れ渡った。


「ミント! ありがとうっ!!」


フィンの笑顔に、ミントの顔にも晴空がやってきた。


〔えっへへん!〕


ミントはくすぐったそうに笑って、

フィンの周りをくるくると飛び舞った。


静けさの残る空間に、鈴が転げる音が響く。

森の中を覆い隠す木々が揺れ、

のぞいた隙間から黄金の光が降り注いだ——。


***


キィイイ。「おじいちゃ〜んっ!」


木の軋む音と共に吹き抜けた、

孫の弾んだ声。


モリスはロッキングチェアに沈めていた腰を慎重に持ち上げ、

膝を労わりながら立ち上がって、振り向いた。


「フィン、ミント。 おかえり」


モリスがやさしく迎えた瞬間、

足元にフィンが飛び込んだ。


「ただいまっ!」


大好きな祖父の脚に抱きついて、パッと顔を見上げたフィン。

モリスは目元を赤く染めて泣き腫らした孫の姿に、僅かに目を見張った。けれど。


「あのねっ、リオラあったよ!」


「ミントが見つけてくれたのっ」


うれしそうに言葉を紡いだフィン。

小さな手には、白く大きな葉がしっかりと握られていた。


フィンの言葉に、穏やかな風がモリスの髪を揺らす。

モリスは口端を上げて、目尻に深い皺を刻んだ。


(ひとつ、成長したようだ)


モリスはフィンに何も聞かなかった。

ただ胸の奥でひっそりと、孫の成長をよろこんでいた。


「二人とも、ありがとう」


モリスは感謝しながら、

指先を綿のように柔らかなアイボリーの頭に向けた。

フィンは訪れた温もりに口元を緩めて、

心地よさそうに目をつむった。


フィンが笑い、

ミントがそよいで、

モリスが見守る。


あたたかな光が包む部屋の中。

なんてことのない優しい時間が、ゆらゆらと流れていった。


フィンが祖父と友人と話しながら、


「お客さん、どんなひとかな?」

「はやくこないかなぁ」

「なかよくなれるかな?」


異世界からの客人に、

胸を弾ませていたときだった。


——。


「……?」


頭の奥をくすぐる不思議な感覚に、辺りをきょろきょろと見回した。

フィンの横をぷかぷか浮いていたミントが、

ぐるんっとドアを振り向く。


モリスもフィンからグレーの瞳を外して、

ドアのさらに先を見つめるように、

玄関に視線を注いだ。


「……いらっしゃったようだね」


「!」


モリスの落ち着いた声に、フィンはバッと振り向いた。

フィンの小さな口が開くよりも先に、


「さあ、二人とも

——お迎えに行ってくれるかい?」


モリスが目を細めて尋ねた。


フィンはぱぁああっと表情を弾ませて、

一拍、横を見る。

寄り添うミントの姿を、萌木色の瞳に映し込んだ。


ミントはにんまり笑って、

玄関先へと飛んでいった。


「いってきますっ!」


ひかり咲く笑顔と弾んだ声。

風道を追って、フィンも外へと駆け出した。

モリスは二人の背を慈しむように、

姿が見えなくなったあとも、しばらく眺め続けていた——。


***


〔こっちこっち!〕


澄んだ空気が広がる森の中。

先を飛ぶミントを、フィンがぱたぱたと追いかける。


「ミントっ、もうすぐ?」


〔もうすぐ!〕


フィンは返ってきたミントの言葉に、

小さな足をゆっくりと止めた。

ミントは立ち止まったフィンに首を傾げて尋ねる。


〔フィン。どーしたの?〕


「『そぉ〜っと』 なんだよっ」


フィンは「しぃー」と、

人差し指を口に当てて声を潜める。

ミントは思い出したように空を仰いだ。


〔そうだった〕


ミントはふいーっと、フィンのそばに戻った。


二人はモリスから言われていた。


『お客さんを驚かせないように、そっと静かにいくんだよ』


異世界からの客人は、

怯えているかもしれないと。


フィンはその言葉を、

しっかりと記憶に刻んでいた。


フィンはそろりそろりと歩いていく。

ミントもフィンに合わせるように、

客人の元までそよいでいった。


〔フィン〕


そよ風が止んだ。

フィンはミントの呼びかけに、小さく首を傾げた。


「?」


〔あそこ〕


ミントが生い茂る木々の先を指差した。

フィンはぱっと振り向いて、

まんまるの瞳を大きく見開いた。


そこには——

一人の少女が立っていた。


やさしそうな瞳を不安げに揺らす少女。

彼女が動くたび、さらさらの髪が光を弾く。


(おんなのひとだぁ)


フィンは音を立てないように、少しだけ近づいた。

茂みの陰から萌木の瞳をのぞかせて、

少女をじーっと見つめる。


〔ふうん〕


ミントも少女をまじまじと見た。

しかし、やはりあまり興味がないのか、

すぐに視線をフィンに戻した。


(あれ なんだろう?)


フィンはあるものを見て、こてんと頭をかしげた。

それは少女の手に握られた、

見たことのない、細長い棒のようなもの。


別の世界では——『傘』と呼ばれるものだ。


〔いかないの?〕


フィンはミントの声にぴくっと肩を揺らした。

ごくんっと小さく喉を鳴らすと、ミントに言葉を漏らした。


「じょうずにおむかえ、できるかな……?」


垂れた眉が、さらに下がった。

フィンの胸の奥でどくんどくんと音が響く。

ミントはタオルマフラーを握るフィンと、

茂みの先に立つ、沈んだ様子の少女を交互に見た。そして。


〔フィンがいかないなら、あたしが行っちゃうよ!〕


ミントがにやっと笑って、

少女の元に飛んでいった。


「!!」


フィンは驚いて立ち上がった。

足先が茂みに触れて——


パキッ。


静まり返った森に、小枝の折れる音が響いた。


「?!」


フィンは慌ててしゃがみ込んだ。

そのままわたわたと地面を這って、

少しだけ横に移っていった。


フィンがそんなことをしている間に、

ミントは少女の前まで吹いていった。

しかし、少女は沈黙している。

どうやら彼女には、友人の姿が見えないようだ。


(ミント みえないんだぁ……)


フィンはほっとしたのと同時に、少しだけ胸の奥が沈んだ。


移動したことで、先ほどよりも少女に近づいたフィン。

フィンは少女に気づかれないように深呼吸をして、

覚悟を決めたように、ゆっくり頷いた。


(いくぞーっ)


そっと立ち上がって、歩みはじめたフィン。

勇気を出した幼い友人の姿に、

ミントがふっと微笑んだ。


(がんばれ、フィン)


柔らかな風が、葉を揺らす。

ひかり咲いた空間に、少女と小さな少年が立ち並ぶ。

彼らがはじめに交わす言葉。

それは——。



——物語は、この先へ。


本編

『雨上がりの空で、傘をさす。』

に続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ