8.姫、誘拐される(?)
夕飯に呼ばれている間、マオには私の部屋での待機を命じておいた。下手に出歩くととんでもないトラブルになるからだ。
でもそんなに放置もしておけない。だって私が部屋にいない間はメイド達がたまに部屋の片付けとかする。「いらない」と言っても、それが彼女達の仕事でもある。
「シイユ。そんなに急いで食べたら体に悪い。もう少しゆっくり噛みなさい」
「っあい!」
「何をそんなに慌てているの?」
今日は珍しく両親が揃っている。私の父と母は国王夫妻なので、国務で城を空けることがしばしばありこうやってご飯のときに顔を見れるなんて滅多になかった。
いつもなら。私もこんなに大急ぎで夕飯をかき込むなんてしない。前世では味わえなかった豪華な食事、美味しい料理。目を輝かせて一つ一つゆっくり「おいしい、おいしい」と食べる。
しかし今回はそうも言ってられない。だって部屋にマオがいる。私の帰りを今か今かと待っている。
「ッ、面白い絵本があるの!早く読みたくて!」
とっさに吐いた嘘のなんたる下手なこと。吐くならもう少しマシな嘘を吐け。
「父様母様、おやすみなさい!」と叫ぶと、両親も「夜更かししちゃ駄目よ」「お休み、シイユ」と優しく返事をしてくれた。
バタバタと部屋まで走る。隣にクロードも並走している。
「そのように慌てなくとも、この短時間ではさすがに何も起こりませんよ…」
「分かんないよ!うちのメイド達は優秀だから!」
優秀とは…とクロードが真顔になる。
すると、私の部屋の前でメイド達が固まっていた。ヤッベ。マオのことバレたか!?
「みんなどうしたの?」
「…ひ、姫様?」
「……シイユ、様」
…何でこんなに驚かれてるんだ。
「私の部屋、だよね? 何かあったの?」
「……本当に、姫様ですか?」
「??? え、どういう…」
廊下の向こうからメイドと騎士が走ってきて、私の顔を見るなり二人ともめっちゃ驚いてて。
「姫様ぁ!?」
「シイユ様、ご無事ですか!?」
「…何のことぉ…」
ご無事も何も、さっきまで夕飯だったじゃないか。メイド達はこの時間私が夕飯だったって知ってるはずだよ。
「えっと、ごめん、何があったの」
「……………」
全員が言い淀んでいるなか、重々しく口を開いたのはメイドが連れてきた騎士で。
「…実は、魔族が現れたと」
「まぞく!?」
思わずクロードを振り返る。まさかそっちがバレたのか、とビックリしたがクロードは首を振った。クロードの擬態は完璧で、相当強い魔力を持った者でないと見破るのは不可能。
「姫様の部屋に、メイドがベッドメイキングに入ろうとした際、黒い翼を持った魔族と鉢合わせたのだそうです。その魔族は姫様を抱え、窓から逃げ去ったと…」
「あらぁ…」
しかし現状私はここにいる。そもそも魔王より強い私をいち魔族が簡単に誘拐出来るなんて思えないし、不可能だ。
クロードと視線を合わせる。考えることは一緒だ。
(クロード)
(はい)
(誘拐されたのって多分)
(魔王様のお考えの通りかと)
(やっぱり…)
マオ、だよなぁ。
「…わ、私、魔族を見たのも初めてで…。目の前でシイユ様が連れ去られてしまったと思って、気が動転して…」
「よしよし…」
よほど怖かったのだろう。涙を流しながらそう説明するメイドを慰める。周りのメイドも彼女を慰めた。当然だ。王族の誘拐は大罪。場合によっては極刑。それが、王城内で目の前で連れ去られたとなっては目撃者であるメイドが真っ先に責められる。
ある意味私の不手際なのだから、それで彼女が罰を受けるなんてことはあってはならない。
しかし。魔族か。それも翼の生えた。心当たりはクロードしかいない。何せ一度も魔界へ行ったことがないので。
「私はここにいるよ。大丈夫。何もないから、貴女は今日はもう休んで。このことは父様達にも内緒にしておくから。ね?」
「ひ、姫様ぁ…」
メイド達も騎士も、通常業務に戻るよう指示し、私は自分の部屋へ入った。
中は暗いまま。窓も開いたまま。カーテンが風に揺られバタバタとなびいている。
「……うーん。まさか魔界へ行かせる前に攫われるとは」
「以前から使者は来ておりましたので、業を煮やしたのでしょう。攫ってでも、玉座に着いてもらおうと」
「…これ、助けに行った方がいい?」
「放置でいいのでは? 命令は済んでいます。何か起きたとしても、自分で対処出来るかと」
「マオ優秀すぎる」
「魔王様の血と魔力が優秀なのです」




