43.ただいま迷宮4
《最終ステージ・王剣》
「…?この部屋だけ他とは違うようですね」
「……王剣?」
どこかのお城を模したのだろうか。明らかに仕様の違う部屋が現れる。
ケルヴィンとアルファがそれぞれ疑問の声を上げた。
『まるで王城ですね』
『やっぱりクロードもそう思う?』
『ええ。それも、どこかの城をモデルとしているようです』
『んー、少なくともうちの城ではないよね』
王家に関する敵なのかは分からない。けれどここに心当たりのある人物は一人。
「……似ている」
「? ケルヴィン? 何か言いましたか」
「ああ、いえ。その…」
言い淀んでいるところを催促すると、少し戸惑いながらも「実は…」と口を開いた。
「アルカディアの玉座の間に、似ていまして」
「アルカディア。というと、ケルヴィンの母国の」
「はい」
現在のアルカディア城は再建後の姿。はるか昔、それこそ全世界に迷宮が点在していた頃、アルカディアは魔物の侵攻により一度存続の危機に陥った。王城も歴史資料のみを残し、国ごと滅亡しかけたらしい。
そのときに国を守るため、当時の国王は国宝の一部を魔王に明け渡すことで滅亡を逃れた。その宝は王の力であり王としての証でもあった。
国王は、王としての証を失いつつも、自ら財宝を手放し国を守り抜いた賢王として国民に語り継がれたとか。
…この部屋のテーマが“王剣”。
そして部屋のモデルが再建前のアルカディア。となると、報酬はまさか。
「…ケルヴィン。この部屋の敵、一人で倒してみませんか」
「え!?」
「…シイユ様。何かお考えが?」
「……うん」
マオが、何の意味もなくこの部屋を造ったとは考えられない。ましてやケルヴィンの母国をモデルにした部屋だ。
だから、この部屋はケルヴィンが攻略しなければならない––––気がする。
「…何かあれば、私達も援護に入ります」
「……俺に、出来るでしょうか」
かなり不安そう。
それもそうか、アルファと比べたらケルヴィンの戦闘力は一般兵程度らしいので。
「私は信じてますよ。…ケルヴィンが、無事この迷宮を攻略出来ることを」
「……シイユ様」
玉座に向かってゆっくりと歩き出す。
まあ、この迷宮のレベルなら即死にはならないだろう。なので、ある意味私達は安心して見守ることが出来るのだ。
玉座前の階段まで辿り着いた瞬間、ケルヴィンの足元に魔法陣が現れた。あれは、攻撃とかそういう類ではなく。
『映像を観せる魔法のようですね』
『え。そんなことも出来るの』
『幻影の応用でしょうね。彼は今、過去の映像を見させられていると思われます』
『過去っていうと、アルカディアの?』
『ええ。この玉座の間といい彼の母国が関係しているのは間違いないので』
幻影の魔法か。なら、それを覗き見するのは可能かな。
ケルヴィンに気付かれないように魔法陣にこっそり私の精神を紛れ込ませてみる。
––––彼は今、アルカディアが魔物に侵攻されている映像を見させられていた。
魔物に惨殺される国民。
焼け落ちた家屋、火の海と化す城下。
火の手は王城にも延び、安全な場所はもはやなくなっていた。
玉座の間には国王。周囲には瀕死となっている王妃とその子供達。全員が虫の息。
国王も重傷を負いながら侵攻してきた魔物の王、当時の魔王と交渉をし始める。もう滅亡は目の前だというのに。
「……人間はまことか弱きものよ。この程度で。滅ぶというのだから」
「………ま、魔界の、王よ……。この国を滅ぼすのが、貴殿の、狙いか…」
腹部が真っ赤である。すでに声を出すのもやっとのはずだ。
魔王はくく、と笑った。
「…否、完全に滅ぼしてはつまらぬ」
ズ…、と国王に接近し、覆い被さるくらいの図体でその視界に影を落とす。
「選べ、人間の王よ。今ここで真の亡国と成り果てるか。己が最も大切にしているものを我に差し出し、国の存続を望むか」
「………己が…最も大切にしているもの」
「人間はあらゆるものを宝とする習性がある。それに、我は興味があるのだ」
王は、しばらく考えたのちに自分の腰に差してある剣を魔王へ見せた。
「…アルカディアの王剣。これは我が王家に代々伝わる王の証…」
「……ふむ。剣か。我はこのような物使わぬが、面白い」
魔王は王剣を受け取った。それを懐へ仕舞い込み、再度王へ告げる。
「……王の証なく、王として、この絶望的な状況から、貴様がどのように国の復興を成し遂げるのか……見届けてやろう」
映像が終わるとケルヴィンの前に国王と魔王の姿。
《………私は、王の証たる剣を手放した。それでも、民と家族は私についてきてくれた…。真に大切なものは…財宝などではなかったと、教わったよ……》
《人間はか弱い。が、何かを守ろうとする気持ちは非常に強く、守りたいものがあればあるほど、その命は強烈に輝く》
魔王が手をかざす。映像で見た“王剣”だ。
《守るべきものが現れたとき、その剣は持ち主の力となろう》
《…そして、いつしか必要になったとき、その剣で征く道を…未来を切り拓いてほしい》
ゆっくりと移動していく“王剣”をケルヴィンが受け取った瞬間、国王と魔王はキラキラと消えた。目的を達成したと言わんばかりに。
もしかして、クリア…?
そう察して私は急いで魔法陣から抜けた。
『シイユ様。彼は』
『ん、多分クリアした』
直後にケルヴィンが手に剣を持って立ち尽くす。
「勝ったようだな」
「……勝った、と言っていいのか分からないが」
「新しい武器を手に入れたのだから、勝ったんだろ」
手元の剣を見つめたまま、どこか腑に落ちないケルヴィン。
そりゃそうか、てっきり敵と一人で闘うと思っていたのだから。
「それが、“王剣”ですか?」
「…ええ。アルカディア王国、国王に代々受け継がれる“王剣”……だったと思います」
「…? どうして曖昧な感じなんです?」
「……俺自身、城の資料や記録でしか存在を知りません…。実物がない以上、それはあくまで伝説上であり架空の存在なんです」
「なるほど」
つまり、“王剣”という存在は知っていたが、実際に目にするまでは疑心暗鬼だったわけだ。
そのステータスは、
《アルカディア王剣・真の所有者“ケルヴィン”》となっている。
あ、もう所有者として登録されてるんじゃん。
「……でも、本物のようですね?」
「………さようで」
「なんで嬉しそうじゃないんだ」
「…俺はもう王室を抜けている。王族じゃないんだぞ」
「だからなんなんだ」
鳩が豆鉄砲を喰らったように。ケルヴィンは目をぱちぱちさせる。
「第一王子がなんだ、後継者がなんだ。王の証の“王剣”がお前を選んだ。それ以上何が要る」
強引な理屈に圧され気味になりつつも、「そうか…」と受け入れる。
「持つべき主のもとへ、ようやく戻ってきた。…それでいいじゃありませんか」
「……はい」




