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40.ただいま迷宮





数ヶ月ぶりとなる迷宮。なんやかんや久しぶりである。


「シイユ様は随分と慣れてらっしゃいますね。普段から遊びに来られてるんですか?」

「ゔ……ま、まあ…?」


勝手知ったる我が家とばかりに入り口に進むとふいにケルヴィンからそんな質問がきた。いや、本人は純粋な疑問なのだろうが、立場的にめちゃくちゃ答えづらい。

それを即座にフォローするのが、なぜかクロードではなく勇者であるアルファだ。


「グリフォンとフェニックスを従えておられるような方だ。この程度、火遊びにもならない」

「まあそれもそうか」


そして簡単に言いくるめられるケルヴィン。チョロすぎません???

勇者が言うのだからそうなのだろう、という先入観。王族って良くも悪くも世間知らずなので。


まずは小手調べ。マオが私のために造ったかつての迷宮の設定、“お出迎え”。

入り口から数歩進み入れた瞬間に正面からの物理攻撃。万本の矢。


「はっ!?」


戦場経験がまだのケルヴィンは、その攻撃の数に素で驚く。

––––バキャッ!!

それをものともせず剣で薙ぎ払ったのはアルファだ。


「……なるほど。これは楽しめそうだ」


私やクロードが手助けする間もなく、彼は飛んでくる矢を次々と切り捨てていく。


『すご…』

『さすが、勇者だけありますね』


思わずクロードと思念伝達テレパシーで会話する。その合間にもアルファは目にも止まらぬ剣さばきで活路を切り開いていった。


「…っくそ、」

「そう悔しがらないでください。彼は“勇者”なのですから、実力の差があるのは仕方ないことです」

「……はい…っ」


そう。私の従者いぜんに彼は勇者である。その実力がいち王子と同等などと、あってはならない。


「…シイユ様。終わりました」

「お見事です、アルファ」


カキン、と剣を納める彼はまだ余裕そうに立っている。


「この先に扉があるようですが、進んでも?」

「ええ、もちろん」







《第一ステージ・砂漠》


これは焦熱地獄を人間用にグレードダウンしたもの。結界がなくてもギリギリ耐えられる仕様である。

案の定、クロードは涼しい顔をしている。

ケルヴィンとアルファは熱そうだ。


「…氷でも出したいな」

「……氷か…」


うわ、水も滴るとはこのことか。


ちなみに私も汗はかいてる。魔法でいかようにでも出来るけど、二人にはまだ普通の王女と思っててほしいので(※かなり無理がある)。


「そういえば、迷宮なら攻略後は素材か武具が貰えるんですか?」

「…貰える、とは思うけど……」


やっば。ドロップアイテムのこと考えてなかった。

二人を連れてくるときに用意すべきだったか。いやでも、迷宮攻略で二人に相応しい武器も防具も心当たりなさすぎて。


「シイユ様は定期的に来られてるんですよね。その際は何を手に入れたんですか?」

「っそ。素材をいくつか」


ごめん。何も手に入れてません。

何ならこの迷宮を造った主でもあるから、攻略報酬を自分に用意するとか黒歴史すぎて。

私の迷宮探索の目的は報酬云々ではなく私が魔法でどこまで出来るのかという実験だから、本当に全く何も用意してなかった。


……今からでもマオに用意させるか。


「わ、私は報酬に興味がなくて。何か良さそうなのがありましたら、お二人で分けてくださいな」


大急ぎでマオに思念伝達テレパシー


『マオ!マオ!!』

『はい、マスター』

『ごめん、超特急で迷宮に攻略報酬用意して!!』

『今マスターがおられる迷宮にでしょうか』

『そう!』

『すでにご用意は済んでおります』

『へ!?』

『クロード様より、人間を二人連れて迷宮に行かれるとのことでしたので、独自に調べ相応しいと思われる報酬をボス部屋にご用意いたしました』

『さっ、さすがマオ!!仕事の出来る分身体!!』

『お褒めにあずかり光栄至極。どうぞ、ご安心して迷宮をお進みください』


しごできすぎる。


「氷魔法は苦手なんだが…」


ケルヴィンが手のひらから魔法を発現させる。キラキラとした結晶。雪だ。

熱が強くてすぐに解けるが、それでも頑張って氷を発生させる。


「……ああくそ、解ける」

「落ち着いてください、ケルヴィン」


駆け寄り、ケルヴィンの手に自分の手を重ねた。魔力が、この場の熱に押し負けているんだ。

魔力不足。でも、足りないなら補えばいい。


「私の魔力を流します。落ち着いて、集中して」

「はい」


血が流れるように、私の手から彼の手へ魔力が移っていく感覚。彼が何か確信を得たらしい。


「氷よ。我が名のもとに顕現けんげんせよ」


それまで熱に負けていたのが嘘のように、氷が周囲に散らばり、広がった。

雪国で見られるダイヤモンドダストの現象に似ている。


砂漠の暑さが一気に下がり、ホッと安心。


「申し訳ありません…。シイユ様のお手を煩わせてしまって」

「この程度、何でもありません。さ、この部屋のボスのようです」


一面に広がる砂の中から現れる巨大なサソリ。

うん、ちょっと怖い。


「………硬そうだ」

「……剣、通りますかね」

「ゴリ押しでいけば問題ないでしょう」


スラリと剣を抜くアルファ。すごくカッコいい。


「…俺が魔法で気を逸らす」

「お前の助けは必要ないが」

「俺が強くなるための迷宮なんだ協力しろ!」

「…チッ」


何か舌打ち聞こえた。


「シイユ様はこちらへ」


ぶっちゃけ大丈夫なんだけど、過保護なクロードが私を下がらせる。


「氷よ!我が名のもとに、集え!」


何かコツを掴んだのか、私が渡した魔力が残っていたのか。

ケルヴィンが手をかざすと氷の粒が周囲を旋回する。粒同士がぶつかりキラキラと光る。

彼の合図で氷がサソリへと飛んでいく。サソリの周囲を旋回すると、激しくぶつかり合い、閃光弾のように目眩しとなった。


「アルファ!今だ!」


怯んだ隙を見逃すことなくアルファが高々と飛び上がり、落下の速度を利用してサソリ目掛け勢いよく剣を振り下ろした。

硬そうな殻をもろともせず、真っ二つ。鮮やかとしか言いようがない。


これが、勇者の実力。もしくはその一部か。





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