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第7章「孤島の秘恋」

空と海の青が溶け合うような快晴の午後。ペナン島の港にほど近い広場は、撮影で使う祭りの準備でにぎわいを見せていた。色鮮やかな布で飾られた屋台や、潮風に揺れる椰子の木々が、異国の空気を濃く漂わせている。


「……えっ、ステラ!?」


レイは目を見開き、思わず声を張り上げた。

金髪のショートヘアを陽射しにきらめかせたステラは、少し照れたように頬をかいた。


「えへへ……実はね、主演の相手役のレイナ役を募集してて……それでオーディションを受けてみたら受かったの!」

「へぇ……!まじか!ステラと一緒なら心強いよ!」


レイは信じられないといった様子でそう答える。

その横でユーリが口元に笑みを浮かべ、眼鏡の奥の瞳を面白そうに細めた。


「まさかステラちゃんまで一緒になるとはね!これは賑やかになりそうだ」


アルヴァンはというと、人混みと雰囲気に飲まれているのか、落ち着かない様子で足元を見つめていた。


「す、すごいよ……ステラさん。えっと……同じ撮影に出るなんて……。ぼ、僕、ちゃんと踊れるか不安だけど……よろしくお願いします」

「うん!ユーリ君、アルヴァン君!こちらこそよろしくね!」


レイはそんな二人のやり取りを横目に見ながら、胸の中にざわつきを覚えていた。

――ステラまで一緒に出演するなんて、まったく予想してなかった。どうしてだか、心が落ち着かない。


そんな時、ざわめきの向こうから、聞き慣れた声が響いた。


「――あら?レイ!?意外と早く再会できたわね!」


こちらに歩いてきたのは圧倒的な存在感を放つ女性――トップシンガーのセナだった。

陽光に負けない自信満々の笑みを浮かべ、真っ直ぐレイを見据えている。


「セ、セナ!? なんでここに?!」

「ふふっ、そんな顔しないでよ。急きょ代役を頼まれたの。何やるかはまだ言われてないけどね。しかも、私の新曲がこの映画で使われることになったのよ。ね、素敵でしょ?」


自分の成功を当然とするような口ぶりに、周囲の空気が一瞬で彼女のペースに巻き込まれていく。そんなセナはステラを見て自己紹介をした後、名前を尋ねる。


「私セナ=フォスター!普段は歌手やってるわ!あなたは??」

「え、えっと……ステラ=バッカニアです!レイナ役を演じます!よろしくお願いします!」


初対面のステラは、緊張のしすぎで圧倒されるように言葉をつまらせる。

その横でユーリは肩をすくめ、楽しげに小声でつぶやく。


「まさかセナまで加わるなんて……これでますます騒がしくなるね」


アルヴァンは目を泳がせ、声にならない声をもごもごと漏らしている。

一方、レイの胸には強い動揺が広がっていた。

彼はステラとセナを交互に見やりながら、胸の奥で妙な焦燥を覚えるのだった。


何はともあれ真っ青な空の下、潮風に包まれてペナン島での物語は、思わぬ形で幕を開けていくのだった。


--


「それじゃあ、みんな集まったな」


監督が台本を手に、キャストたちを見渡す。潮風がページをめくり、ざわめきが静まった。


「主演のレイ君とその相手役のステラさん。役のシンとレイナは“月の民”で恋人という設定だ。」


恋人という言葉にステラは頬を赤める。それから監督はステラの方を向き、続きを話す。


「レイナの役は海辺でのシーンが一番大切だ。ステラさん、頼んだよ。そして……」


今度は監督はレイの方を向き、頭を下げて唐突に謝る。


「レイ君。まずは君に謝りたい。」

「はい?」


レイは驚きに目を見張る。そして監督はどういうことなのか説明する。


「君のもう1人の相手役の島人、ハルカを演じる女優が入院しててな、代わりのハルカ役はセナ=フォスターが演じることになった。」

「セ、セナが?!」


まさかの展開にレイとその隣にいたステラは沈黙する。さらに監督は続けざまに話をする。


「それからセナに代わったことで物語の展開を少し変えたい。この前セナは君との熱愛スキャンダルを撮られただろ?」

「えっ!?どうして俺だと!」

「ふっ……色々な情報源があってね。それで思い付いたんだ。これを物語に取り入れたら面白いんじゃないかと。」


レイは唾を飲み込み、緊張した様子で次の言葉を待つ。


「禁断の恋愛だよ」


監督の言葉が広場に重く響いた。


「……島人と月の民、互いに惹かれながらも決して結ばれてはいけない関係。物語に深みを持たせるために、シン、ハルカ、レイナの三角関係を軸を強調しようと思うんだ。元々は友情とか絆をテーマにしていたが恋愛という方向に変えたいと考えている。『孤島の秘恋』……どうだろう?」



ざわめきが広がる。

レイは息をのんだ。隣に立つセナは、まるで舞台照明を浴びているかのように堂々とした笑みを浮かべている。


「禁断の恋、ね……!刺激的でいいじゃない!私は賛成よ!」


セナは挑発するようにレイを見つめた。その目には、以前ネオ横浜・みなとみらいで見せた柔らかな笑顔ではなく、観客を虜にするトップシンガーの輝きが宿っている。


「……っ」


思わず視線をそらしたレイの脳裏に、あの日のことが蘇る。

港町を歩いたときの、無邪気に笑うセナの姿。別れ際に不意に頬へ触れた柔らかな唇の感触――。

その記憶が心臓を不規則に打たせる。


そんなレイを、ステラは横目でじっと見つめていた。

――どうして……あんなに動揺してるの?

胸がチクリと痛む。


監督は台本を叩き、さらに続ける。


「物語では、月の民であるシンとレイナは恋人同士。だが、シンと島人のハルカとの間に芽生える“許されない想い”が、物語の核心になる」


ステラはセナが堂々とレイに歩み寄る姿に、得体の知れない不安が胸を覆った。


セナはレイの耳元に顔を近づけ、小さく囁いた。


「……ねえレイ。舞台じゃなくて本当に禁断の恋、してみない?」

「なぁっ?!お、おまえな……!」

「ふふっ……冗談よ!やっぱりからかいがいがあるわね!」


レイがドキリとした瞬間、ステラが思わず一歩前に出た。


「セ、セナさん……!レイは私の幼なじみです!そんな軽々しく……」


ステラは自分でも驚くほど感情的になっていた。

セナは振り返り、何か察したのか「ふーん……そういうことね」と呟き、不敵な笑みを浮かべ言葉を口にする。


「この撮影、絶対最高のものとなりそうね。」


潮風が広場を吹き抜け、張りつめた空気を揺らした。レイは言葉を失い、ただ二人の視線の間で立ち尽くすしかなかった。


――撮影が始まる前から、すでに物語は動き出している。

そう、まるで現実そのものが“禁断の恋”の脚本に書き換えられていくかのように――。

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