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第6章「映画」

次の日の朝。

校庭の若葉が朝日を受けてきらきらと光り、心地よい風が木々の間をすり抜けていく。初夏の匂いがほんのりと空気に混じり、校舎の窓から流れてくる音楽科の朝練の音が、どこか遠くの夢のように聞こえていた。


レイは静かに登校しながら、昨日の夜のことを思い返していた。月見森の満月、ステラの涙、そしてふたりで重ねた音楽。


 ——「月の雫」


あの名前に込めた想いが、まだ心の奥で揺れている。

そんな想いを断ち切るように、いつものようにドアを開けてダンス科の教室に入ると、朝から派手な声が飛んできた。


「キタキターーー!! 噂のプリンス、朝からしっかり登校ォォォ!!」

「……ユーリ、珍しく朝からテンション高いな。どうしたんだ?」


レイが苦笑しながら言うと、教室の奥から長身の男子がひょいと眼鏡を上げて歩いてくる。

ユーリ=ミカムラ——細身でスタイル抜群、前髪をわざと乱しているようなチャラい雰囲気。

だが、意外にも頭がキレてダンスセンスも抜群。面倒見がよくて、みんなから妙に信頼されている存在だ。


「レイ!マジでビッグニュースだ!」

「何の話だよ……」


すると、後ろからそっと声がした。


「あの……レイ君、ちょっとだけ、驚くかもしれないけど」


ひょこっと現れたのは、ユーリとは対照的な雰囲気の男子——アルヴァン。

少し猫背で、声も控えめ。ふわふわした優しい空気を纏っていて、時折女子に「癒し系男子」と呼ばれている。だが、踊りになると芯の通った動きと繊細な表現で、見る者を一瞬で引き込む実力派。


レイはアルヴァンの表情に何かを察し、眉をひそめる。


「ん?だから何があったんだ?」


ユーリが待ってましたと言わんばかりに、タブレットを取り出して画面を突きつけた。


「これ見ろよ!俺たち、映画出るってよ!!月の民の役で!ほら!《孤島の絆》!しかもお前は主演のシン役だ!マジでこれ、夢のデビューコースだって!」

「は……?月の民って……俺お芝居なんてしたことないぞ?!しかも主演?!」


レイが目を丸くする中、アルヴァンは補足で説明する。


「この前のセナのライブ、プロの制作陣が見に来てたらしくて……僕たち三人が映画の雰囲気にすごく合ってるって。なんか舞台となる島伝統の祭りで踊るシーンもあるらしいよ。セリフもあるみたい。」

「にしても俺達、お芝居に関しては素人だろ?なんでプロの有名俳優じゃないんだ?人件費削減が目的にしては大胆すぎるだろ?」


レイの最もな質問にアルヴァンは自分の推測を話す。


「この映画の監督って結構ぶっ飛んでることで有名だよね……わからないけど慣れた俳優が演じるものじゃなくて新鮮さだったり、リアリティーを求めてるんじゃないかな?その証拠にスタントマンもいないし……」

「なるほど……たしかに俺達ならお芝居の経験はないがステージでの経験はある。本当の素人よりはマシで不自然に作られたプロ過ぎない演技ができそうというわけか」


レイはそう答え、画面に映る文字を目で追った。

トロピカルな孤島のビジュアル。タイトルの下に添えられたあらすじ。


『地球人と島に漂流した月の民。対立する二つの種族の間で芽生えた友情——』


“月の民”という言葉が、胸に突き刺さるようだった。


自分は、その「月の民の子孫」なのだ。

ステラも同じ。誰にも言えない“もう一つの顔”を持って、この地球の高校に潜り込んでいる。


日々の生活では忘れそうになる——

だが、この映画のプロットは、まるで現実の“彼ら”の存在を暴こうとしているようだった。


「……俺が……月の民の子孫って知ったら、あのプロデューサーはどうするんだろうな」


思わず漏れた言葉に、アルヴァンが「え?」と反応する。


「なんか言った?」

「いや……なんでもない」


誤魔化すように笑いながら、レイは思考を押し殺す。ユーリの笑顔が、いつものように明るく弾ける。


「とにかく!今日の学校終わったはすぐこのヨコハマプロダクションとかいう芸能事務所いくぞ!衣装合わせとセリフの軽い読み合わせもあるから、サボんなよ?」

「ああ!わかったよ」


レイは返事をしつつも、心の中では別の問いが渦巻いていた。月の民は、地球では“侵略者”として描かれている。争いの火種として、悪として、憎むべき存在として。


なのに、自分はその“月の民”の子孫として生まれながら、この世界で地球人のふりをして生きている。

そして——


 “月の民の少年が、地球人と絆を深める役”を演じることになるのかもしれない。


 ——現実と虚構が、静かに重なりはじめていた。


ーー

「えええええっ!? 映画に出るってどういうこと!?」


放課後、ヨコハマプロダクションに向かう前、レイは校内の人目のつかない所でステラを呼び出し事情を話す。そしてステラの驚きの声が響いたのだった。西日が差し込む窓辺で、レイはややバツの悪そうな表情を浮かべている。


「だから、言ったろ。セナのライブのバックダンサーの時、プロデューサーに見られてたって」

「見られてたって……!それで映画の主演?!し、しかもこれ見ると主演は月の民の設定だよ!?」


レイは目を伏せながら答える。


「そうみたいだな」

「な、なんで他人事なの?!もしバレたら……どうするの?」


ステラの声が震える。レイはその声に、ハッとしたように彼女を見る。


「……何が?」

「だって……レイ、月の民の子孫でしょ? 私も。もし“役”じゃなくて“正体”の方がバレたら……!」


ステラは言いながら、自分でも胸が苦しくなるのを感じた。この世界で暮らすために、月の民であることを隠して生きてきた。“正体”が知られることは、即ち、自分たちの居場所を失うことに繋がる。


「映画の内容って、地球人から見た“月の民像”も含んでるんでしょ? もしそれを“本物の月の民”が演じてるなんてバレたら、絶対ただじゃ済まないよ……」


レイはしばらく黙っていた。その沈黙が、余計にステラを不安にさせる。


「……心配してくれてるのは、わかってる」


やがて、レイは静かに口を開いた。その表情は何かを決心したかのようだった。


「でも出るよ。これはチャンスなんだ。島の伝統的な祭りで踊るシーンがあるんだ。俺は俺のダンスを世界中の人たちに見てほしい」

「どうしても?」


ステラの声は低かった。


「……ああ。どうしてもだ。」

「でも……」


ステラが真っすぐ見つめる。

その瞳の奥に、強い不安と、抑えきれない想いがにじんでいた。


「レイが“月の民の少年”を演じて“自分自身”と向き合わされるような役だったら……私は、それを黙って見ていられないよ」


レイは何も言えなかった。

ステラが自分のためにこれほどまでに心を揺らしていることが、彼の胸にも静かに刺さっていた。


その夜。

ステラは映画のことを調べた。


プロット、登場人物、撮影予定地……。

どれも現実と遠いはずの“物語”なのに、どこか自分たちの世界に似ている気がしてならなかった。


そして、ひとつのキャスティング情報が目に入る。


【主演の相手役のレイナ役の募集】

15~20歳までの方。セリフあり。

(オーディションあり。容姿端麗だと望ましい)


ステラはその画面を見つめたまま、何かを決意したように立ち上がった。


「私も……出る」


手は震えていた。だけど、目には迷いがなかった。


「レイがもし、あの映画の中で“月の民”になるなら……私は、“ステラ”として、そばにいる」


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