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第30章「二人きり」

グラウンドを囲むトラックを、ダンス科の生徒たちが列を作ってランニングしていた。

レイ、ユーリ、アルヴァンの三人は横並びで、ペースを合わせながら話している。


「れ、レイ君!」

アルヴァンが息を切らしながら声をかける。


「姉さんから……聞いたよ。き、君とステラさんがユニット組んでデビューするって!」

「えぇぇーー!?マジかよ!プロダンサー兼プロバイオリニストって……」


ユーリが目を丸くする。


「すっげーな!でもさ、お前ダンスの仕事もあるんだろ?身体ひとつしかねぇんだから、無理すんなよ?」

「大丈夫だって。ダンスの仕事はフリーでやってるから、調整できる」


レイは軽く笑って答える。


アルヴァンは心配そうに眉を寄せ、「……ほんと、ケガとかだけは気をつけてね」と優しく言った。


しばらく沈黙が続いたあと、レイが口を開く。


「あ、そうだ。今度の日曜、お前ら暇か?」

「ん?俺は特に予定はねぇな」

「ぼ、僕も……ないよ」


ユーリとアルヴァンがうなずく。レイは二人を見て口角を上げた。


「竹芝の港で船上パーティーがあるんだ。そこで俺とステラが初仕事として演奏する。お前ら、見に来いよ。結構有名人とかも集まるみたいだぞ」

「な、なんだよそれ!オシャレすぎだろ!行くに決まってる!」


ユーリが大げさに叫ぶ。


「す、すごいなぁ……でも僕、パーティー用の服なんて持ってないよ……」


アルヴァンが困ったように顔を伏せる。

そこに、後ろから自然に声がかかった。


「だったら私も行く」


振り返ると、いつの間にか同じペースで走っていたセナが、涼しい顔で並んでいた。


「セナ!? お前いつから一緒に!?」


ユーリが思わずズッコケそうになる。


「最初からよ。聞いてたわ、全部」


セナは肩で軽く息をしながら答える。


「……え、えぇ!? ぜ、全部!?」


アルヴァンが驚く中、セナはそんな彼を気にもせず、少し顔を赤らめながらもまっすぐレイを見た。


「レイ!私も見に行く。あなた達が本当に売れるかどうか、目で確かめないとね」


その挑発めいた一言に、レイは苦笑し、ユーリは「で、出たよ審査員モード!」とぼやき、アルヴァンはますます小さくなってしまった。


--


その日の夜。

日曜日に向けての練習のため、レイはステラの家の防音室にいた。扉を閉めると外の音は消え、室内にはグランドピアノと譜面だけ。


「レ、レイ……来てくれてありがとう」

「いや俺も今日はお前と一緒に練習したいと頼むつもりだった」


密閉された空間に二人きりということもありステラは少し顔を赤らめ、緊張していた。


それからステラはピアノの椅子に腰を下ろし、ちょこんと鍵盤に手を置いた。


(へ、平常心……平常心……)


ステラが自分にそう言い聞かせる一方、レイはバイオリンを取り出しながら、ふと思い出したように言う。


「あ、言うの忘れてたが日曜の竹芝の船上パーティーの仕事さ、ユーリとアルヴァンも見に来るぞ」

「そうなの?二人もくるんだ!がんばらないとだね!」

「それとセナも来るってさ。『あなた達が売れるか見極める』とか言ってた」


その瞬間、ステラの指がガツンと鍵盤を叩き、濁った和音が響き渡った。


「……っ!」

「お、おい、大丈夫か?」


レイが首をかしげる。

ステラは必死に笑顔を作るが、目の端はピクピク震えている。


「だ、だいじょうぶだよ! ただ……ちょっと考えごと、してただけ!そ、それよりレイ!早速練習するよ!!」

「あ、ああ!ほ、本当に大丈夫なのか……?」


彼女は弾こうとするが、テンポがずれてバラバラ。和音も外しまくる。


「えーと……ス、ステラ、どうしたの?」

「う、うるさーい!集中できないの!!」


彼女はぷいっと顔を背ける。


「だって……!売れなかったらユニット解散……レイがセナさんに取られたらどうしようって考えちゃって……!」

「え?」


ステラの妄想スイッチが入る。


「セナさんなら……レイと二人でみなとみらいの夜の海に抜け出して……とか!」

「いや、そんなこと――」

「それでロマンチックに寄り添って……とかぁ!」

「ステラ!?」

「そ、それでレ、レイをホ、ホ、ホテルに連れ込んであんなことや……こんなことまでぇ……!」

「お、おーい……」


顔を真っ赤にしながら両手で頭を抱えるステラ。

ピアノの上に突っ伏し、ガンガンと鍵盤が鳴った。


レイは呆れながらも笑いをこらえきれず、肩を震わせる。


「お前なぁ……何想像してんだよ」

「ち、ちがっ……違うのよ! 私、ただっ……ただ心配で……っ!」


ステラは涙目になりながら必死に言い訳するが、すでに防音室の中は笑いと妙な妄想でいっぱいになっていた。


レイはそんなステラを見て、からかいたくなったのかバイオリンを置き、苦笑しながら近づく。


「でもステラ、お前……ほんと面白い妄想するな」

「も、妄想じゃないもん!」


ステラは顔を上げて叫ぶが、目はうるうる、耳まで真っ赤。


レイはその様子に吹き出しそうになりながらも、ふっと表情を変え、ステラの耳もとに顔を寄せた。


「……じゃあさ」

「えっ……?」


ステラの体がびくりと固まる。


「逆にもし俺たちが成功して売れたら――」


レイはわざと低い声で囁く。


「ステラが俺とそういうことするか?」

「……へっ?」

「ステラが“したいこと”……なんでもいいよ」


一瞬、時が止まった。


「っ~~~~~!!」


ステラの顔は一瞬で真っ赤に染まり、鼻血を垂れ流す。


「お、おい!?」


レイは慌ててハンカチを差し出しながら、腹を抱えて笑う。


「ぷっ……あっはっは!ステラ!おま……ほんと単純すぎ!ちょっとからかっただけなのに!」

「なぁっ!からかうなぁぁぁぁ!」


鼻を押さえながら涙目で抗議するステラ。

防音室には、練習とは程遠いドタバタした笑い声が響き渡った。

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