第29章「宣戦布告」
朝の校門前。
生徒たちが行き交う喧騒の中で、二人の少女は立ち止まっていた。
ステラはいつもより少し落ち着かない様子で髪を耳にかけ、セナは腕を組んでじっと通りを見張っている。
「あ!」
ステラが小さく声を漏らした。
黒髪の少年が校門をくぐってきた。
レイだ。
「来たわね!」
セナが即座に動く。大きく一歩踏み出し、まっすぐレイに指を突きつけた。
「レイ! ちょっと今から屋上に行くわよ!」
「おはよう、の一言くらいあってもいいだろ……」
レイは苦笑しつつ、視線を逸らした。
――たぶん、わかっている。
今から話すことが、昨日のことだって。
ノヴァ・サウンドレーベル。
契約書にサインした自分とステラ。
そして、“デビュー”という言葉。
それをセナが黙って見逃すはずがない。
「待ってたのよ、あんたが来るのを」
セナは強引に腕を掴む。
「待ち伏せかよ。朝のホームルームはまたサボりになりそうだ」
レイは肩をすくめながらも、抵抗しなかった。
ちらりと横を見ると、ステラは困ったように微笑んでいる。
「ごめんね、レイ。私も止められなくて」
「いや別にいいさ」
屋上へと続く階段の前に立ったとき、レイは小さく息を吐いた。
胸の奥に重く沈むのは、不安とも期待ともつかないざわめき。
――いずれは向き合わなきゃならないこと。
だったら、今日でもいい。
そう自分に言い聞かせながら、レイは階段を踏みしめた。
--
朝の屋上はまだ人気がなく、校庭から聞こえるざわめきも遠くに感じられる。
ホームルーム開始のチャイムが鳴るまで、あとわずかな時間しかない。
セナは風に髪をなびかせ、顔を赤らめレイとステラを見つめていた。
「あなた達二人が、ノヴァ・サウンドレーベルに所属してユニットを組むって、本当なの?」
レイは一瞬目を伏せたが、すぐにまっすぐ答える。
「本当だ。スカウトされて俺とステラでやることになったんだ。俺達の音を世界に響かせる最初で最後のチャンスだと思ってな」
セナの瞳が大きく揺れる。小さく息を呑み、そして呟いた。
「やっぱり……キサの言うこと、本当だったのね……」
「セナさん……?」
ステラが声をかけるが、その直後、セナは顔を上げた。
瞳にはもう決意の炎が宿っている。
「あのさステラちゃん。残念だけど、あなたとレイのユニットはすぐに解散することになるわ」
「……えっ?!な、なんで?ど、どういうこと?!」
ステラの瞳が険しく細まり、セナを睨み返す。
「社長とね、もしあなた達が売れなければ、すぐに解散させるよう約束をしたの。了承はもらってるわよ。」
「そ、そんな……噓でしょ?そんなわがままが簡単に通るわけ……!」
「あるのよ。だってノヴァ・サウンドレーベルの売り上げの40%は私のおかげだから」
「!!」
セナは自信に満ちた表情で答える。ステラは泣きそうな顔で言葉を失っていた。
それからセナは一歩踏み出し、レイに挑むように告げる。
「そしてレイ――あなたは私と一緒に、ダンサーとしても、バイオリニストとしても輝くことになる。」
「セナ……」
「っ……!!わ、私、セナさんには絶対に負けないんだから!」
強い朝風が吹き抜ける。
始業前の静けさの中で、三人の間に張り詰めた空気だけが流れていた。




