第28章「無限ジェラシー」
翌日――。
レイとステラは学校を休み、ネオ東京の表参道にそびえる高層ビル群の一角にある「ノヴァ・サウンドレーベル」の本社へと足を運んでいた。
磨き上げられたガラス張りのビルに、二人は圧倒されるように足を止める。
「……いよいよだね、レイ」
「お、おう……緊張するな」
案内されて通された応接室には、若き女社長――メイ=リーが待っていた。
二十代後半に見えるその姿は、深紅のスーツを纏い、冷ややかでありながらもどこか艶やかな威厳を放っている。
「来てくれてありがとう。あなた達二人を正式に迎え入れるわ。――契約書にサインをお願い」
レイとステラは差し出された書類を見つめ、互いに小さくうなずき合う。
ペンを握る手はわずかに震えていたが、やがて二人の名前が力強く紙面に記された。
「これで晴れて、私達の仲間ね」
メイ=リーは口元を綻ばせ、次の資料をテーブルに置く。
「早速だけどデビュー曲ができたの。これよ」
そう言って渡されたのは、一枚の楽譜。
そのタイトルには、力強い筆致でこう記されていた。
――『炎のジェラシー』
レイとステラは顔を見合わせ、同時に譜面へと目を落とす。
スピード感あふれる旋律、激情を孕んだハーモニー……しかし、どこか「穴」を感じさせる。
ステラが眉を寄せ、ぽつりと漏らした。
「レイ。……どう思う?」
レイは真剣な眼差しで楽譜を見つめ、低く答える。
「……この作曲家、意図的に“100%”の曲を作ってないんじゃないかと思うんだが」
「……っ!」
ステラは大きく目を見開き、即座に反応した。
「やっぱり!!私も同じこと思った!!」
その言葉に、メイ=リーの瞳が驚愕に揺れる。
「……あなた達……そこまで聴き取れるの?」
その時――。
ガチャリ、と事務所のドアが開いた。
「へぇ……やるねー、あなた達! わかるんだー!」
軽やかな声と共に現れたのは、長い茶髪をラフに束ねた二十歳ほどの女性。
彼女は鮮やかなブルーのジャケットを羽織り、楽譜の束を小脇に抱えていた。
「はじめまして。――ラン=スミス。作曲家よ」
そして、にっこりと笑みを浮かべる。
「弟のアルヴァンが世話になってるみたいね」
「えっ!?……お姉さん!?」
レイとステラは思わず同時に声を上げる。
ランは肩を竦め、楽しげに笑った。
「そう、あなた達の言うとおり、この曲『炎のジェラシー』はね、わざと70%くらいの出来にしてあるの。あなた達を試すために」
「試す……?」
ステラが目を瞬かせる。
ランはにやりと口元を歪め、抱えていた楽譜を差し出した。
表紙には、鮮烈な赤文字でこう記されている。
――『無限ジェラシー』
「これが“本物”よ。さぁ、見てごらん」
レイとステラがページをめくった瞬間、二人の瞳が大きく見開かれた。
そこには、先ほどの『炎のジェラシー』をはるかに凌駕する、圧倒的な完成度の旋律と構成が広がっていた。
「……す、すげぇ……!」
「こんな楽譜、見たことない……!」
ランは満足そうに腕を組み、二人の反応を見て頷く。
「ふふ、いい目してるじゃない。――これなら、私の音を託せそうだね」
応接室には、緊張と期待が入り混じった空気が満ちていた。




