第27章「ライバル」
その日の夜――。
煌びやかなシャンデリアが柔らかく光を落とす、港町に面した高級レストラン。大きな窓の向こうにはライトアップされた観覧車がゆっくりと回っている。
奥の個室では、セナと彼女のマネージャー・キサが向かい合っていた。
深紅のワンピースを着こなしたセナは、グラスの水を口に運びながら、キサの手元に広げられた資料を覗き込む。
「来月のライブは名古屋アリーナ。観客は10万人規模。これが終わったらすぐに夏フェス、それから新曲のPV撮影に入る予定よ」
キャリアウーマンらしい落ち着いた声でキサが告げる。彼女は二十代半ば、洗練されたスーツ姿に鋭い眼差しを光らせていた。
セナはその予定表を見て、ふぅ、と息を吐いた。
「相変わらずハードスケジュールね……。でも、やりがいあるわ」
「ええ。あなたならこなせるわ」
キサはワイングラスを軽く傾けてから、さらりと別の話題を切り出した。
「あ、そうそう。今日、社長から直々に聞いたんだけど――うち、“新人”を二人スカウトしたらしいの。ユニットを組ませるみたいよ」
セナは思わず目を丸くする。
「スカウト?ユニット?……うちの事務所がオーディションなしで?」
「ええ。珍しいでしょう?」
キサは口元に微笑を浮かべた。
「社長が一目でビビッときたらしいわ。すぐに連絡を入れてね……今日返事がきて契約を決めたそうよ」
セナはグラスを置き、腕を組む。
「へぇ……。あの社長がそんな即断を? よほど心を動かされたのね。で、その二人ってどんな人?」
セナはグラスを揺らしながら、何気ない調子で尋ねた。
キサはナプキンを整え、ふっと意味ありげに微笑む。
「あなたがよく知っている人達よ」
「え?」
セナは思わず身を乗り出した。
「名前を聞いたら、もっと驚くかもしれないわね。――レイ=ヴァレンタイン。そして、ステラ=バッカニア」
カラン――。
セナの手からグラスが滑りかけ、慌てて掴み直す。
「はっ?……レ、レ、レイと……ステラ……!?」
その名を耳にした瞬間、セナの心臓は大きく跳ねた。
「あの二人が?!?!……噓でしょ?!?!どういうことなの?!?!」
キサは落ち着いた口調で続ける。
「誰かがdreamtubeに江ノ島での演奏の動画をあげててね……それを社長がたまたま見て、即決したそうよ。『あの二人なら必ず売れる』って。私も見たけどあれは半端じゃないわ。私も売れると思う。」
セナは呆然としたまま視線を宙に彷徨わせた。
(レイが……デビュー!?しかもステラとユニットで……!?)
喉の奥が熱くなり、言葉が詰まる。
そして胸の奥で、嫉妬と不安と、説明できない感情が渦を巻いた。
「で、でも……」
セナは思わず前のめりになり、声を強めた。かなり動揺した様子だった。
「い、いきなりデビューなんて……知名度ないから厳しいんじゃないかしら?ほ、ほらっ!レイが“天才バイオリニスト”って呼ばれてたのは、もう七年前の話よ。みんな忘れてるに決まってる!それにステラちゃんに限っては、何の実績もないじゃない!正直、私は上手くいかないと思う!」
焦りが滲むその言葉に、キサはワイングラスを傾けながら首を横に振った。
「セナ、あなた、何を言っているの?」
セナはきょとんと目を瞬かせる。
「彼らの知名度は、あなたのおかげで大分上がったのよ」
「……え?」
「レイはあなたのバックダンサーとして、すでに何度もステージに立ってきたわ。そのおかげでファンも大勢ついている。SNSじゃ“イケメンダンサー”として写真が出回って、追っかけまでいるくらいよ」
「そ、そんな……」
「それに――あの映画よ」
キサはテーブルに置いた資料の一枚を指で叩く。
「『孤島の秘恋』。あなた達三人が出演したあの作品は予想以上の大ヒットだった。おかげで、レイさんもステラさんも“映像映えする新人”として業界で注目されてるの。どっちも顔が綺麗だから、ビジュアル面でのアピールも十分。正直、売り出すには最高の条件が揃ってるわ」
セナはぐっと唇を噛み、俯いた。
(……そうだ。映画の撮影の時も……あの二人、すごく絵になってた。まるで物語の主人公みたいに)
胸の奥がじくじくと痛む。
自分が否定しようとしても、レイとステラの存在感はすでに多くの人の目に焼き付いてしまっている。
キサは淡々と告げた。
「あなたがどう思おうと、社長は本気よ。――あの二人を、セナの次の“スター候補”として育てるつもりなの」
セナは水の入ったグラスをきゅっと握りしめ、揺れる瞳で窓の外の夜景を見つめていた。




