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第26章「デビュー」

翌朝。

教室の扉を開けたレイは、何気なく自分の席へ向かう。


――その瞬間。

隣の席のセナと、ふいに目が合った。


セナは一瞬で頬を染め、視線を逸らす。


「お、おはよう……レイ」


声は小さく、どこかぎこちない。


レイも気まずそうに頭をかきながら答えた。


「あ、ああ。おはよう」


その様子を見逃さなかったのが、前の席にいたユーリだった。

ニヤリ、と口元をゆがめる。


「おやおやぁ? なんだか朝から雰囲気いいじゃん。仲直りできたんだな。なぁレイ、セナ嬢……昨日なにかあった?」

「ゆ、ユーリ!」


セナが思わず声を上げ、真っ赤になって両手をぶんぶん振る。


「な、なんでもないわよっ!」


レイは溜息をつき、机に荷物を置いた。


「な、なんもねーよ。」


そんな二人のやり取りに、アルヴァンがおずおずと口をはさむ。


「ゆ、ユーリ……そういうの詮索するのかわいそうだよ……」


気弱な声で止めようとするが、その目は好奇心でキラキラしていた。


「……でも、ちょっと気になるよね」


小声でぽつりと漏らし、結局ユーリと同じくレイとセナを交互に見つめてしまう。


「ア、アルヴァンまで……!」


セナは机に突っ伏して顔を隠す。

レイは頭を抱えながら、心底面倒そうに呟いた。


「……ったく、朝から騒がしいな」


それからユーリは顎に手を当て、じっと二人を見比べた。


「……もしかしてさ……」


ニヤリと笑い、声を潜める。


「まさか仲直りのキスでもしちゃったんじゃないの~?」


その一言に、セナとレイの動きがピタリと止まった。


「――っ!!」


二人同時に真っ赤になり、慌てて目を逸らす。

教室に気まずい沈黙が落ちる。


ユーリは一瞬呆気にとられたが、次の瞬間、ガタッと机を鳴らして立ち上がった。


「ま、まじ……!? 本当に……!? いや、待て、二人の反応……これ完全にクロじゃん!!」


アルヴァンが慌ててユーリの腕を引っ張る。


「ゆ、ユーリ君!な、何をするつもり……!?」


だが時すでに遅し。

ユーリは両手を広げ、ダンス科の教室中に響き渡る声で叫んだ。


「ビッグニュースだぁぁぁ!! 校内ビッグニュース!! 『情熱の歌姫』セナがレイとキッスしたぞーーっ!!!」

「ちょ、ちょっと待って!!」


セナは真っ赤な顔で立ち上がり、両手をぶんぶん振る。しかしもう教室中がざわめきに包まれていた。


「えぇ!?」

「マジで!?」

「セナちゃんとレイが!?」

「ステラちゃんじゃないの!?」


ひそひそ声と歓声が飛び交い、あっという間に小さな騒動となっていくのだった。そんな中セナは焦ったのか口を滑らせてしまう。


「べ、別にあんなの本気のキスじゃないしっ! ほ、ほんの勢いっていうか……///」

「うわ、バカ……何したことを認めてるんだよ……」


レイがさらにガクッと机に突っ伏す。


ユーリは口を押さえてガタガタ震えながら――


「み、み、認めた!認めたぞぉぉ!!こうしちゃいられない!『情熱の歌姫セナ、ついに堕ちた!?』これで行こう!!」


と、勝手にキャッチコピーをつけて廊下へ出ていく。ダンス科のゴシップ担当の男は大興奮した様子で噂を広めていくのだった。


そしてユーリが教室を出ていってすぐのことだった。


「レイ!!」


教室の扉がガラリと開く。

すれ違いに現れたのは金髪ショートの美少女、ステラだった。

クラス中がざわつく。普段は音楽科の教室にいる彼女がこの時間になぜ?と思う中、ステラは迷いのない足取りでレイの席に近づき、真剣な目で見つめる。


「ちょっと話があるんだけど!ついてきて」


「え? いや、今授業始まるとこだし……」と戸惑うレイの腕を、ステラは「そんなのいいから!」と言いぐいっと掴んだ。

その力強さに逆らえず、レイは引きずられるように立ち上がる。そんなレイを見てセナは動揺する。


「ちょっ……ステラ!? な、なにするのよ!」


レイは振り返りながらも、ステラに腕を引かれて教室を後にした。

残された教室には、ざわざわと好奇心に満ちた空気が漂う。


--


ステラはレイを人気のない渡り廊下に連れ出す。窓から初夏の風が吹き抜け、カーテンがひらめく。


ステラはポケットから名刺を取り出し、レイに差し出した。


「この前の江ノ島での演奏。あれを音楽業界の人がたまたま見てて、スカウトが来たみたい……」

「スカウト?」


ステラは真剣な表情でうなずく。


「ここ。セナさんと同じ音楽業界でも最も大きな事務所……“ノヴァ・サウンドレーベル”」


差し出された名刺には、煌びやかなロゴとともに音楽会社の名が刻まれていた。


レイは思わず息をのむ。


「セナと同じ……まじかよ……すげえじゃん、ステラ!」


ステラは少し頬を赤らめながらも、視線をそらす。


「でも、レイが一緒にいなきゃ意味がないの。私だけじゃなくて、あのステージに立ってた“私達”に声がかかったんだ」

「……ん?……はっ?俺もなのか?!?!」


ステラはうなずき、少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「うん。私とレイ。二人でインストゥルメンタルユニットを組んで、デビューしてみないかって」

「え、えぇぇぇーー?!ゆ、ユニット……!?」


レイの声が思わず裏返った。


「驚くよね?でも……やらない?一緒に!凄いチャンスだよ?!」


ステラはレイの目をまっすぐ見つめ、頬をほんのり赤らめる。


「私ね、レイと一緒にもっともっと輝きたい!音楽でも、ステージでも……レイの隣に立つのは、私じゃなきゃイヤ」


そして、きゅっと唇を噛んで振り返る。


「それにセナさんにだけは絶対に負けたくない!だから私と組んで、二人の音を世界に響かせようよ!」

「ステラ……」


レイはステラの真っ直ぐな想いに、一瞬目を瞑り決心する。


「ああ!やるか!ステラのおかげで過去の自分を吹っ切れたしな!今ならバイオリンを弾ける気がする!」

「レイ!!ありがとう!!」


ステラの表情がぱぁーっと一気に明るい笑顔に変わる。どうやら嬉しいようだ。


それから何か思い出したかのようにステラは付け足す。


「あ、そう言えば……」

「……ん?どした?」


ステラは笑顔のままだが、何か雰囲気が先ほどと違う。氷のような冷たい笑顔でレイに言う。


「セナさんとのキスのことは許さないから。」

「……」


レイはステラからの謎の圧を受け、黙り続けるのだった。

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