第24章「月の民」
レイはしばらく黙ったまま、港の灯りを見つめていた。
その横顔には、どこか儚げな影が宿っている。
「……なんとなく、そんな予感はしていた」
低く、静かな声が漏れる。
「セナの“思い出のバイオリニスト”が、自分なんじゃないかって」
その言葉に、セナの胸が大きく揺さぶられる。
涙が次から次へと頬を伝い、彼女は声を震わせた。
「……あなたにずっと……ずっと憧れてた!会いたかった……!」
堰を切った想いが爆発し、セナはレイの手を強く握りしめる。
その瞳は、必死の願いで潤んでいた。
「お願い……ステラちゃんとじゃなくて、私と!私と一緒にライブで音を奏でようよ!お願いだから……ステラちゃんとは弾かないで!!」
必死の懇願。声はかすれ、涙が止まらない。
だが――その切実な想いを切り裂くように、背後から声が響いた。
「……ダメだよ、セナさん。それだけは」
優しく、それでいて揺るぎない強さを帯びた声。
レイとセナが振り向くと、そこに立っていたのはステラだった。
夕陽もすっかり沈み、夜の海を背景に、月明かりが彼女の金色の髪を照らす。
その姿は静かに、しかし絶対的な意志を宿していた。
「そのポジションだけは……絶対に譲れない」
ステラの瞳はまっすぐセナを射抜く。
柔らかい声色の奥に潜む、譲れぬ覚悟と独占欲。
「……ステラちゃん……」
潮風が強く吹き抜け、月が夜空に輝きを増す。
港の灯りが滲んで見えるのは、涙のせいか、それとも揺れる心のせいか――。
今、この瞬間。
レイをめぐる三角関係の火蓋が切って落とされた。
ステラはゆっくりと歩み寄り、セナを真っ直ぐに見据える。
「……ごめんね。セナさんがどんなに素敵な歌姫でも、どんなにレイを想っていても……あなたが踏み込めない場所があるの。私とレイの間には、絶対に壊れない絆があるから」
「な、何それ……!」
セナは感情を爆発させるように声を荒らげた。
「絆って……そんなの言い訳よ! 私だって……私だってレイとなら、本物の音を奏でられる! あなたにだって負けない!」
言葉がぶつかり合う中、ステラはふとレイを見た。
その表情は切なく、けれどどこか覚悟を決めている。
「レイ……セナさんに“あのこと”、言っていい?」
「……!」
レイの瞳が大きく見開かれる。
「えっ……?ま、まさか?!ス、ステラ!!ダメだ! それだけは言っちゃいけない!!」
それでもステラは首を振った。
「……これを言えば、セナさんもきっと……納得してくれる。あきらめてくれるから」
「やめろ、ステラぁぁぁーー!!」
必死に止めるレイの声を振り切り、ステラは唇を噛みしめ、そして――涙をこぼした。
「……私たち……『月の民』なんだ……」
沈黙。
夜風が三人の間を駆け抜け、月光がいっそう強く輝く。
「だから……ね……? セナさん……レイのことは、あきらめて……」
声を震わせながらも、ステラは絞り出すように言った。
セナの瞳が大きく揺れた。
「……噓よ……」
目を見開き、震える唇が言葉を紡ごうとしても、声にならない。
レイはただ立ち尽くし、ステラの涙を見つめながら、苦しげに拳を握りしめていた。
月だけが、彼らの運命を照らし続けていた――。




