第21章「天賦の才」
演奏が終わってもセナはいつまでもレイとステラを眺めていた。
ステラとレイはお互いの目を見つめている。
息を切らし、汗ばむ頬も、微笑む唇も、すべてが確かな信頼で結ばれているように見える。
音楽を通して、言葉以上に互いの心を理解し合っている――そんな空気が、二人を包んでいた。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
何かが、心の中でカチリと音を立てて壊れるようだった。
「……ずるい……」
思わず声にならない呟きが漏れる。
ステラ――彼女の積み重ねてきた努力の純粋な輝き。
レイ――圧倒的な技術と感性を持つ、天才の余韻。
その二人の天才が並んで、互いを見つめ合う姿を目にすると、セナの胸の中で羨望が渦を巻いた。
「私……なんでこんなに……羨ましいの……」
彼女は自分でも驚くほど、ステラに嫉妬していることを認めた。
笑顔で弾くステラの指先、音に込められた感情――
それに寄り添い、補完するレイの演奏。
二人の間には、音楽を通じてしか生まれ得ない絆があった。
セナは唇を噛み、目を伏せた。
その胸に渦巻くのは羨望だけではなかった。
敗北感、自己否定、焦燥感――すべてが混ざり合い、言葉にならない苦しさとなる。
「……私の歌じゃ……二人には敵わない……?」
ステラのピアノの柔らかさに、レイのバイオリンの精密さに、セナの歌声は比べるまでもなく色あせるように思えた。
心の奥で、ずっと抱えていた自負さえ、ひび割れたガラスのように脆くなる。
立ち尽くす彼女の視界には、演奏を終えた二人の本物の天才。努力だけでは絶対に追い付けない領域。
さらに凄いのはただの技術ではない。
信頼と理解、互いの感情を音に昇華させる力――
セナには、到底手の届かないもののように思えた。
胸の奥で、悔しさが静かに沸き上がる。
あの二人の月光のような輝きを認めたくない。
悔しいのに、同時に羨ましい――その感情の渦に、セナは押しつぶされそうになった。
それからセナはまだ心の中で渦巻く嫉妬と敗北感に戸惑っている中、視界の端に見覚えのある姿をとらえる。
「……アオイ?」
「えっ?!セナ?!」
金髪のステラとは対照的な、落ち着いた黒髪のポニーテールとメガネがトレードマークの少女。
すらりとした立ち姿、知的な眼差し。音楽科で主席――プロピアニストとしても知られるアオイだった。
セナは思わず立ち止まり、驚きの色を隠せなかった。
「な、なんでアオイがいるの?」
「私?dreamtubeやってて自分のストリートピアノ演奏を動画にしようと思って。セナはどうしてここにいるの?」
「私は新曲のPVの撮影で近くにいて……撮影が終わった後観光してたの」
「なるほどね……それよりもさっきのあれ見てた?天才的な才能よね。もうこの後ピアノ弾きたくなくなったわ」
あれと言うのはレイとステラの演奏だろう、セナは少し躊躇いながらも、核心に触れる。
「ねえ……ステラと、レイって……」
アオイは一瞬、目を細める。
「ステラとレイ……そうね。ステラは音楽科の次席だけど、ピアノに関しては実は私なんかじゃ到底及ばないくらい上手なの」
「!!」
セナは目を見開き驚きを示す。彼女の言葉には、静かな尊敬と確かな評価が混ざっていた。
「レイのバイオリン……に関しては、あんまり私の口からは話したくないかな。でも彼の本当の輝きはダンスじゃないわ。間違いなくバイオリンよ。詳しくはステラに聞いてみて。素直に答えてくれるかわからないけど」
アオイは軽く肩をすくめ、微笑んだまま話題を濁す。
その瞬間、セナの胸にさらなる焦燥と好奇心が湧き上がる
(レイ……なんで黙ってたの?)
セナは息を呑み、二人の距離感や演奏中の信頼関係を思い出す。
心の奥で、羨望と嫉妬が再び強く巻き上がる。
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一方レイとステラは視線の端に、セナ姿があることに気づく。
ステラは一瞬驚き、唇を開きかける。
「セナさん……?」
レイも目を細めて見つめる。
「あれはセナか?!」
目が合った瞬間、セナは自分の胸の奥の感情が耐えられなくなったのを感じた。
羨望、嫉妬、敗北感、自己否定……
すべてが一気に押し寄せ、胸が締めつけられる。
思わずセナは振り返り、足早に広場を駆け出す。アオイが「えっ?!セナ?!」と驚きの声をあげていたがセナの耳には届かなかった。
イルミネーションの灯りがぼやける中、背中越しにステラとレイの驚いた顔が見える。
彼女の頬は熱く、涙も滲んでいる。
心の中の惨めさと恥ずかしさが、足を止めさせずに追い立てたのだ。
ステラは走っていくセナを見つめ、眉をひそめる。
「え、えっと……セナさんどうしたの?」
レイも静かに視線を追い、わずかに息を吐いた。
「さ、さぁ……?よくわからんが逃げたな」
二人は言葉を交わさずとも、その背中からセナの心の揺れを感じ取った。
演奏によって生まれた自分たちの絆と才能の輝きが、知らず知らずセナに痛みを与えてしまったことを、二人は気づいていなかった。




