表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/32

第20章「遠き日の思い出」

レイはゆっくりとバイオリンを構える。

弓の先端が弦に触れる前の静寂さえも、夜風とイルミネーションに吸い込まれるようだった。

ステラはピアノの前に腰を下ろし、指を鍵盤にそっと添える。

指先の緊張が伝わる――それでも瞳は希望に満ち、夜空を見上げるかのようだった。


──最初の一曲。

セナ=フォスターの切ないバラード曲。

レイのバイオリンが小さく震えながらも、哀しみと美しさを同時に湛えて響く。

ステラのピアノはその旋律を柔らかく包み込み、互いの音が呼吸を合わせるように広場に広がった。

観光客たちは自然と立ち止まり、息を呑む。


「……すごい……」

「プロの人?」


ざわめきの声が広がるが、誰も動けず、二人の音に魅了されていた。


二曲目は力強いバラード曲。

ステラの指が鍵盤を躍らせるたび、弦の響きが情熱的に変化する。

レイの弓が精密に舞い、旋律に微かな震えを加える。

音が重なるごとに、観客の輪はさらに広がり、涙をぬぐう人、スマホで録画する人、立ち尽くす人……

広場全体が、二人の音に吸い込まれるかのように静まり返っていた。


──そして三曲目。

ステラは深く息を吸い、レイに視線を向ける。


「最後に……」


鍵盤に指を落とすと、自分のオリジナル曲「月の雫」が静かに流れ出した。

透明で澄み切った旋律は、夜空から滴る光を音にしたようで、誰もが息を呑む。

レイのバイオリンが寄り添い、二人の音は一つの物語を紡ぎ、聴く者の胸を静かに震わせる。

観客は誰も声を発さず、ただ音に引き込まれていた。

子どもが母親の手をぎゅっと握り、大人は涙を拭う。

演奏が終わった瞬間、広場いっぱいに大きな拍手と歓声が湧き上がる。

ステラは息を切らし、目を輝かせてレイを見上げる。


「ありがとう……本当に夢みたい」


レイは少し目を逸らし、口元に笑みを浮かべた。


「……悪くなかった。こっちこそありがとう。おかげで吹っ切れたよ」


──その瞬間、人混みの後方で一人立ち尽くす影があった。


「……嘘よ……」


目を見開きそう呟くのはセナ=フォスター。

新曲のPV撮影を終え、観光がてら苑を訪れていたところ、偶然この演奏を目にしたのだ。


目の前に広がる音楽――ピアノとバイオリンが絡み合う旋律。

その音色は、どこか七年前の記憶を呼び覚ます。


あの日、両親を交通事故で失い絶望していた彼女。

画面越しに見た少年――天才バイオリニストとして取り上げられ、誰もが称賛する演奏に、胸が震え、心が救われたあの日の少年。


「……まさか……」


心の奥がざわつく。

レイが、今、目の前であの音を奏でている――。

ダンサーであるはずの彼が、こんなに深い音色を紡ぐなんて。


「なんで……どうして……? レイが……バイオリンを……しかもこの音は!!」


言葉に詰まり、セナは胸に手を当てて立ち尽くす。

過去と現在が重なり、懐かしさ、感動、そして少しの切なさが胸を締めつける。


知らず知らず、セナの目から一筋の涙が零れ落ちた。

あの少年――自分を音楽の道へ導いたあの少年が、今、目の前で演奏していたかもしれないという事実に、胸の奥が揺さぶられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ