第2章「運命の歯車」
「セナ=フォスター!!」
レイが思わず声を上げた。
赤髪の歌姫は足を止め、艶やかな瞳で会話をしていた3人と他の残りのダンサーをゆっくり見渡しはっきり言う。
「……芸能の超エリート高校だかなんだか知らないけど」
セナ=フォスターの声は甘美でありながら鋭い。氷の刃のような言葉が空気を切り裂いた。
「所詮、本物のステージには立ったことのない素人でしょ? 精々、足を引っ張らないでちょうだい」
その一言に、アルヴァンはびくりと肩を震わせ、ユーリは眉をひそめた。レイはただ、じっとセナの瞳を見返す。セナがそっぽを向いて歩いて行った後、3人は互いに顔を見て頷き、気持ちを1つにする。
(……絶対成功させる)
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いよいよライブが始まる。
東京セントラルドーム。
この暗転した会場に観客の歓声が波のように広がっていく。
巨大スクリーンが一斉に点灯し、真紅の光が走った瞬間、空気が爆ぜるように熱を帯びた。
『キャアアアアーーッ!!!』
押し寄せる歓声の渦。
ライトが閃光のようにステージを照らし出し、その中央に――セナ=フォスターが現れる。
赤いドレスが炎のように舞い、髪が光の粒を散らす。
その姿ひとつで、10万を超える観客の心を一瞬で支配していた。
「私の歌で燃せぇぇぇーーーー!!!!!バーニングっ!!ハートっ!!」
セナ=フォスターの燃えるような情熱的な歌声が会場を震わせる。
伸びやかで力強く、それでいて鋭く胸を貫くような声。
まるで世界そのものが彼女を中心に回っているかのように、観客は歓声と拍手で応えた。
巨大スクリーンには彼女の横顔が映し出され、光の粒が降り注ぐ。
その歌声に合わせて、ステージ脇の影から数人の影が姿を現す。
『――!!』
観客のどよめき。
ついに、セナのライブを支える夕陽ヶ丘高校の10人のバックダンサーたちが登場したのだ。
光が走り、ステージに並んだその中に――レイ=ヴァレンタインの姿があった。
鋭い眼差しに、普段の気怠げな表情はない。音の一粒一粒に魂をぶつけるように、流れる動作でステップを踏む。隣には長身で知的な雰囲気を纏うユーリ=ミカムラ、そして緑の髪を揺らしながら懸命に動きを合わせるアルヴァン=スミスの姿もある。3人の舞は決してセナの光を奪うものではなく、しかし確かにその炎をより鮮烈に燃え上がらせる存在感を放っていた。
「すごい……レイ……!」
観客席でステラは思わず息を呑んだ。圧倒的な歌姫と、その背後で躍動する幼なじみの姿。それは夢と現実の境界を超えた光景で、ステラの胸を熱くさせた。
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時刻は夜の八時。
熱狂と歓声に包まれたライブは幕を下ろし、街には余韻のようにざわめきが残っていた。
人波をかき分けるようにしてレイが会場を出ると、待ち構えていたステラが勢いよく駆け寄ってきた。
「レイ!」
その瞳はきらきらと輝き、頬は興奮で上気している。
「本当に、すっごくカッコよかった!もう、鳥肌立っちゃったんだから!」
息を弾ませながら飛び込んでくる言葉に、レイは少し照れたように目をそらした。
「そっか!ありがとな!」
彼は自然に笑みを浮かべる。二人は肩を並べて夜風の中を歩き出す。街灯が石畳に柔らかい光を落とし、喧噪の残り香が遠ざかっていく。
「やっぱり退屈な学校の授業と違って本物のステージっていいな」
レイがぽつりと口にした。
「観客が俺たちを見て、盛り上がって……終わった後に拍手が響く。今生きてるんだって実感できるんだ」
ステラはレイの横顔を見つめ、胸の奥にじんわりと温かいものを抱いた。
――こんな顔をするレイを見るのは久しぶりかもしれない。
ふと、その手元にきらりと光るものをステラが見つけた。
「ねね!レイ!それ、何を持ってるの?」
問いかけに気づいたレイは、少し言い淀んでから掌を開いた。
「ん?ああ!これか?実はステージ裏で拾ったんだ。でもスタッフに聞いても誰のかわからなくてな。」
夜灯りに照らされ、銀色の鎖が月光を受けて輝いた。彼の手の中には、繊細な装飾が施されたネックレスがあった。ステラはそのネックレスをじっと見つめた後レイに言う。
「ふーん……多分これ女の子のだよ?」
「……えっ?!ステラ、わかるのか?」
「うん!女子なら誰でも知ってるブランドだもん!」
「そうなのか!本当に助かる!今日バックダンサーの5人が女子だったから明日学校で聞いてみるよ!」
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時刻は夜九時。
ホテルのスイートルームでセナは慌てた様子だった。煌びやかなステージ衣装はソファに投げ出され、ベッドの上にしゃがみ込み、シーツをめくっては小さく舌打ちした。
「……ない。ない……どうしてなの?!?!」
震える指先は必死に引き出しの奥をかき回す。あのネックレスだけは、失くすわけにはいかなかった。
「セナ、落ち着いて」
マネージャーのキサ=ナンジョウがタブレットを抱えたまま駆け寄る。
「ネックレスって、あの銀の……お守りみたいにしてるやつ?」
「そうよ!あれは母の形見なの!ステージに出る前、確かに着けてたのに!!なのに帰ってきたらなくて……!」
セナは目を潤ませ、爪が食い込むほど両手を握りしめる。一方キサはスマホを取り出し、すぐにスタッフに連絡を飛ばした。
「今、確認してもらってる。もしかしたらステージ裏か、控え室に落ちてるかもしれないわ。」
数分後、電話が鳴った。キサが出ると、表情がわずかに緩む。
「……ああ、そう。ありがとね!」
受話器を下ろし、セナに向き直る。
「見つかったわよ。今日踊ってもらったバックダンサーの学生さんがステージ裏で拾ってたって」
「そ、その学生の名前は?!」
「この人よ。」
キサはそう言いタブレットの画像をセナに見せる。
「レイ=ヴァレンタイン……」
「間違いないわ。ステージ裏でネックレスの落とし物についてスタッフが声かけられたって」
ベッドの上でネックレスのことを思い詰めていたセナの瞳が、ほんの一瞬揺れる。
――あの生意気だけど綺麗な顔でちょっとだけダンスが上手かった学生よね。
「キサ、明日って……オフだったわよね」
「ええ。丸一日、スケジュールは入れてない」
セナは立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。セントラル・東京の夜景が広がるガラスの向こうに、まだ熱を帯びたコンサートの残響を感じる。
その背中から、確かな決意がにじんでいた。
「じゃあ!明日、夕陽ヶ丘学校に行ってみる!彼に会って、ちゃんと返してもらわないと」
キサは目を丸くする。
「はっ……?ほ、本気?!トップシンガーのあなたが1人で学校に?パニックになるわよ!!」
「うーん……まぁ大丈夫でしょ!」
セナは謎に自信に満ちた表情でそう答えるのだった。